57 古い緑のガラス角瓶





18−19世紀初頭のオランダのガラス瓶です。ジン等を入れた酒瓶だったそうで、ゆらぎのあるガラスの深い緑とシンプルでシャープな姿は、花器としても人気があります。アンティークや骨董でなくとも、使い終えた調味料入れや飲み物等のガラス瓶から、丁寧にラベルを剥がし、花器にするのは楽しいものです。空瓶が資源ゴミではなく、身近な花器として生まれ変わります。花にもお金はかけず、近所の道端で、空瓶に似合うサイズの花や草を探して摘んで挿します。そんな風に身のまわりや花を愉しむ気持ちが「心の豊かさ」なのではと私は思っています。




コマちゃんのこと その6


日本デザインセンターを辞めてきたコマちゃんに、「これから、どうする」と訊くと「アメリカへ行く」と言います。驚きを通り越して呆れてしまいました。

「アメリカへ何しに」
「アメリカでデザインの仕事がしたい」
「あてはあるの」
「ない」
「英語は話せるの」
「これから英会話教室に通う」
「おいおい」

そんな無茶はやめとけと説得するのですが、コマちゃんには通じていない様子で、まったく意に介しません。しばらくして会うと「英会話教室はやめてきた」と言います。「どうして」と訊くと、「むずかしすぎて……」と苦笑いしています。英会話教室でむすかしいなら、アメリカでの暮らしや、ましてデザイン会社に就職など「無理に決まっているだろう」とアメリカ行きを翻意させようとするのですが、気持ちは揺らぎません。穏やかで、気持ちのやさしいコマちゃんのどこにそんな強い想いがあるのか……私には理解できませんでしたし、どうせ仕事など見つかる訳がないので、諦めてすぐに帰ってくるだろうと思い、説得をあきらめました。

数日後に日本を発つコマちゃんと会いました。もう互いに「この際だから……」と話すこともありません。有楽町で栁澤さんを誘って映画を観ることになりました。ビートルズの曲を題名とした『ヘルタースケルター』です。カルト集団を率いるチャールズ・マンソンのシャロン・テート殺害事件を題材とした映画です。アメリカ西海岸のヒッピー文化の中で荒廃していく集団が引き起こした、凄惨で残忍な殺人事件を描いていました。この映画のことはほとんど覚えていないのですが、「俺、こんな国に行くのか……」と、帰りに寄った喫茶店でコマちゃんがつぶやいたことを覚えています。「だからやめとけ」と私は言ったでしようが、約束の日にコマちゃんはアメリカへと旅立って行きました。

しばらくは、コマちゃんとの文通が続きました。住まいが見つかった、アルバイトだけど暮らしていける仕事が見つかった、と書いてあります。アルバイトは夜のビル掃除やレストランでの皿洗いとのこと……。日本デザインセンターでそれなりの給料を得て、週末はディスコで遊ぶ余裕もあったコマちゃんが、それらを全て捨てて選んだ渡米の現実でした。

でも、手紙の文面からは疲れた様子も弱気な気持ちも感じられません。俺みたいな、夢だけあって何もないヤツがここにはいっぱいいて楽しい、と書いてあります。最悪の時は帰れるようにと取っておいたチケット代を病気で使ってしまい、最悪を通り越したので「本当にもう帰れない。何とか頑張る」と、アッケラカンと書いてあります。手紙と一緒にLPレコードが届きました。Eagles のデビューアルバム「Hotel California」です。その後、日本でも流行しましたが、送られてきた頃はまだ無名でした。中の1曲に「Take it easy」があり、コマちゃんは応援歌の様にアメリカでこれを聴いているんだろうなと思いました。

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病に冒され、衰弱の進んだコマちゃんの枕元で「Hotel California」を流すと喜んでいたと、娘さんから聴きました。

よく頑張ったね、コマちゃん。



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