28 弥生広口壺





薄作でシャープ、端正な姿形の弥生壺で、現代工藝にも通底する「器の本質みたいなもの」を内包している気がします。弥生時代と云えば、2000年程も前です。作られてからすでに気の遠くなる程の時間が経っているのですが、人間の本質は、弥生時代からさほど変化していないのかも知れません。

花は屋上の紫蘭で、前にも書きましたが、強い花です。植えた覚えのないプランターからも次々と芽を出し、あちこちで紫の花を咲かせます。ゲリラ的に咲く花は、実のところあまり美しくは見えないのですが、弥生に挿した一本で見なおしました。紫蘭は一本でこそ際立つ、気高い花なのかも知れません。




小林正樹監督のこと その4


小林正樹監督(以後、監督)は、早稲田大学に学び、会津八一に心酔する愛弟子でした。文学部では東洋美術を専攻し、会津八一の奈良大和研究旅行にも同行しており、卒業論文は「室生寺建立年代の研究」を提出しています(注)。蒐集家ではありませんが、骨董(特に仏教美術)にも深い知識と憧れを持っていました。さらに云えば、会津八一は私と同郷(新潟)です。監督が私の提示したポスター案に「何か縁の様なもの」を感じたとしたら、それらの背景があってのことかも知れません。

話は飛びますが、会津八一は、彼のもとで志高く真摯に学び、愛弟子と認めた若者にのみ「学規」と云う一文を認めて贈っています。監督も卒業時に「学規」を贈られています。そのことについて、ご自身がかつてキネマ旬報に書いた一文が残っていますので、以下に引用します。

 私の恩師である会津八一先生は偉大なる学者であり、芸術家である。私は芸術家である先生にひかれるところが多かった。印、明器、古瓦、仏像などの考証学的な講義を通して全く逆な芸術的な世界へ私をひきずり込んでしまう。
 先生は大変な粗食家である。食べるものも惜しんで中国の原書を或は美術品を買いもとめた。その代り人にも粗食を強いた。いつお邪魔しても食事はモリ二個ときまっていた。 私は何年も通い続けてモリ以外口にしたことがなかった。それでいて私はいつも芸術的興奮に充たされて先生の家を去ったのを覚えている。ただ卒業した時である。先生の家には、私のためにお赤飯と鯛のおかしらが用意されていた。今でも先生と向いあって赤飯を食べ鯛をつついたあの不思議な感動を忘れない。
 食事を終った先生は筆をとって学規を書いて下さった。学規とは先生が子弟と認めた人にだけ書きおくる人間の書である。 学規は次の四ヶ条である。

 一、ふかくこの生を愛すべし
 一、かえりみて己を知るべし
 一、 学芸を以て性を養ふべし
 一、日日新面目あるべし

 人間として生きることの尊さ、学問の深さ、芸術のきびしさをこれほど的確に表現した言葉はない。
 私はこの学規を座右銘として深く心に刻み、もう十数年映画の道を歩んできた。学規に恥じない映画を創ることを望みながら。(小林正樹「学規」『キネマ旬報』昭和37年5月号)

監督に贈られた「学規」は、40年以上も表具もされぬままメクリの状態でした。映画(しゃしん)作りに拘るように、恩師から贈られた「学規」の表装にも拘りがあったからこそ、メクリのまま保管されていたのでしょう。ある日、件の「学規」と数点の八一書を私のもとへ持参し、「表具をお願いしたい。一切は任せます」と置いていきました。

やがて表具の出来上がった書をお見せすると、安堵した表情を残して持ち帰りました。監督亡きあと、あの「学規」はどうなったのか……と、時々思い出しています。

注)小林正樹監督の卒業論文「室生寺建立年代の研究」は、発刊の機会を待って会津八一が保管していましたが、昭和20年4月13日の東京空襲の際に全焼した会津八一邸(秋艸堂)と共に灰燼に帰しています。小林正樹監督(当時はまだ助監督ですが)の復員後、会津八一から監督へ、家と共に論文を焼失させてしまったことを詫びる長文の手紙が届いています。その手紙の中で会津八一は監督に、疎開したまま住み始めた新潟へ早く訪ねて来るよう促しています。手紙の一部を紹介します。

〈貴兄もし再び「室生寺論」をかくならば拙者一覧の上「東洋美術叢刊」に加えることも亦た可なりと存候。久々に貴下にあひていろいろ承りたきにつき出来るならば今のうちに二、三泊がけに新潟見物に御いで如何。拙宅にて御やどすべく候。すぐ雪がふるからふらぬうちがよろし〉

監督と恩師の再会は結局実現しませんでした。監督が新潟を訪ねたのは、八一没後、映画『怪談』のロケハンをかねて新潟へ出向いた際に会津家を訪れています。八一の養女より、「小林正樹が必ず来るから、来たら渡してくれ」と頼んでいたという八一の書(まめかきを あまたもとめて ひとつつつ くひもてゆきし たきさかのみち)を受け取っています。歌は、共に奈良の古寺古仏を訪ねた若き日の旅に重なる情景であったのでしょう。



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