55 ローマングラス小瓶





青く細い、小さなローマングラスに挿したのは、細く長い、葉先の鋭い草(葉)です。草の名を知らないのですが、栗八の屋上にはこの手の草が様々に繁って、プランターを埋めています。野花は花屋さんでも買えますが、かつて草(葉もの)は花屋さんにほとんど置いてありませんでした。野花に添えれば映えるのですが、道端に生えているような雑草然とした草ではお金にはならず、需要もないので扱わなかったのでしょう。もう何十年も花屋さんに立ち寄っていませんので知りませんが、今はこの手の草も扱っているのでしょうか。以前は侘助や、可憐な野花が好みだったのですが、今は名も知らぬこの手の草が好みになっています。




コマちゃんのこと その4


ディスコの帰り、すっかり酔って寝てしまったコマちゃんを部屋に連れて帰り、タクシーの中にバッグを忘れたことに気がつきました。コマちゃんをタクシーに乗せる時、座席の後ろに放り込んだままで忘れてしまったのです。バッグの私物は無くしても困らぬ程度の物でしたが、新聞掲載用の広告刷版(さっぱん)が入っていました。

当時の新聞紙面は刷版(凸版)を組んで印刷しており、タクシーに忘れた刷版は私の担当するクライアントの広告で、明日の朝早く郵便局から大阪の新聞社へ送る手筈になっており、バッグに入れて持ち帰っていました。それを置き忘れてしまったのです。タクシーの領収書もなく、乗ったタクシーがどこの会社かも判りません。すでに深夜、万事休すです。

一睡もせぬまま朝を迎え、朝早く、勤務するデザイン事務所(プラスアルファ)の社長宅(松田さん)に事情を説明する電話を入れました。松田さんからの返事はこうです。刷版制作を頼んだ印刷所に事情を説明し、再び刷版を作ってもらう。出来上がりを送ったのでは掲載に間に合わぬと思うので、「高木君は印刷所から、それを持って新幹線に乗り、大阪(新聞社)まで直接届けてきなさい。往復の交通費はあるか……」と云う指示です。起き出したコマちゃんに事情を説明して、私の長い1日がはじまりました。

大阪滞在最短記録の旅を終えて、六本木のプラスアルファに戻ったのは夜でした。松田さんは「バカだね〜」のひと言で、笑って迎えてくれました。

これで夜遊びを控えたのなら、苦い経験で済みますが、私は根っからのアホ体質でした。懲りるどころか、pm7:30のメンバーが集まる日以外でも、コマちゃんと二人で毎週のようにディスコへ繰り出すようになっていました。

ある日の夕方待ち合わせると、「ナンパがしたい」とコマちゃんが言い出しました。「いつもしてるの」と俺。「してない」とコマちゃん。「えっ、前したじゃん」「あれは酔ってて、皆がいたから……」「ふーん」

「公園通りでナンパすると、かんたんに相手が見つかるらしい」というコマちゃんの怪しげな情報をもとに、二人で夕暮れの公園通りへ出かけて行きました。

結果は惨敗です。3回ほどの声掛けで、コマちゃんもコールド負けを悟ったようでした。その晩もしたたかに酔ったコマちゃんを慰めながら深夜まで遊び、始発電車に乗るコマちゃんと別れ、明け方の事務所でひと眠りです。

翌週もナンパ、失敗。また二人で明け方まで呑んで笑って、それぞれの仕事へと戻って行きます。デザイン事務所の一員にしか過ぎぬ私に、毎週ディスコで遊べるお金はありませんでしたが、コマちゃんからの誘いがあれば、松田さんに給料の前借りをお願いしてまで出かけて行きました。

遊ぶことばかり考える自堕落な日々を過ごしていた頃、私はまたタクシーに忘れ物をします。今度はバッグではなく紙袋、中は青年座のポスターに使う、作家直筆のタイトルが入っていました。

緒方拳主演、北条秀司作、『王将』。私が依頼され、これから作る、「王将」と書かれたポスタータイトルで、北条秀司氏の直筆です。よりによって、それを失くしてしまいました。絶体絶命です……。



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