29 手付時代竹籠





細竹で編まれた、柔らかく繊細な時代籠です。実用の籠とすればとうの昔にやつれていたでしょうから、生活の道具ではなく、茶席等の入れ物として特別に編まれたものかも知れません。今日まで大切に扱われてきたことが、籠の様子からも感じとれます。

葉は侘助の若葉で、いっぱいに盛ったのですが、手に持てば軽いものです。栗八の入り口脇に少しだけ土の見える場所が残っており、侘助はそこに地植えしています。外掃除ついでに水をやるだけなのですが、散歩で通る犬や飼い猫のマーキングが効いているのか、良く育ってくれます。近頃ではそこが窮屈そうに感じられるほど幹も太くなりました。

侘助は日差しが暖かくなる頃、いっせいに枝が伸びて若葉の芽を出し始めます。青く艶々とした葉をいっぱいに広げる様子は、強い生命力が感じられて美しいものですが、困ることがあります。成長著しい枝は小路を行き来する人に触れるほどに伸びてしまいます。放ってもおけないので、伸びた枝をバッサリと切ってしまいます。毎年大きなゴミ袋が満杯になるほど切り落とすのですが、若葉には申し訳なく感じていました。今回は撮影のおかげで、瑞々しい若葉を写真に残すことができましました。ほんとうは、もっと大きな籠で、切り取った若葉全部を盛ったなら爽快だったでしょう。




小林正樹監督のこと その5


「日本映画の発見 小林正樹の世界」が終わり、数ヶ月ほど経った頃です。小林正樹監督(以下「監督」)が、六本木の栗八を訪ねて来ました。「折いって相談させてもらいたいことがある」と切り出されました。要約すれば、話はこうです。

私(監督)の従兄妹でもある田中絹代(以下「絹代さん」)が晩年を過ごした家や家財が、今も手付かずで残っている。絹代さんには身寄りがなく、それらの処遇を私が任されているのだが、今日まで何も出来ずにきてしまった。現在、絹代さんの生まれ故郷である下関市で、田中絹代記念館を建てたいとの意向があり、そこへ遺品の全てを寄贈したいと思っているのだが、どこから手につけて良いものか分からない。お願いしたいのは、それらの整理を手伝ってもらえないだろうか……と云うお話でした。

「とりあえずは下見を……」と監督に案内され、絹代さんが晩年を過ごした住まいを訪れました。鎌倉か、あるいは逗子か葉山だったか、もう定かではないのですが、住宅地からは少し離れた海岸(断崖)に建つ家で、居間の一面は大きなガラス窓でした。窓から見えるのは海と空だけ、杉本博司氏の写真「海景」そのままの景色です。此処で、天涯孤独であった往年の大女優田中絹代が、(お手伝いさんはいたとしても)晩年をひとりで暮らしていたのかと驚きました。

その頃の私は、こんな殺風景な景色を見て暮らす絹代さんと云う人は、きっと頑なな性格で、人と交わることが嫌いな人だったのだと勝手に想像していたのですが、歳をとった今では、そのイメージもだいぶ違っています。人を拒絶する壁の様に見えた海と空だけの大窓は、ひとりを好んだ絹代さんの内にこもる心を開放してくれる、外へと開く大きな扉であったのかも知れません。

私が訪ねた時、絹代さんが亡くなって10余年が経っていましたが、電気も水道もまだ使える状態でした。車止めから玄関までの長いアプローチや家周りの雑草も刈られていましたので、監督が折あるごとに様子を見にきて、手を入れていたことが分かります。絹代さん宅に遺されていた品の多くは、日用の器類と洋服や着物。あとは少しの油絵や日本画、骨董品を含む置物、それらは縁の方からの贈り物であったのかも知れません。遺されていた品々は質素なもので、絹代さん自身が何かに凝って蒐めたと云う印象はなく、蔵書も少なめで、台本類がダンボール箱に無造作に詰められていました。一部を手に取って見ると、絹代さんが書いたと思われるト書きや走り書きの様なメモが所々に見られました。新品の様に見える台本と、ヨレヨレになるまで使い込まれた台本がありました。後に知ったことですが、絹代さんは映画監督として6本の映画を撮ってますので、使い込まれた台本は、監督した作品であったのかも知れません。

下見から戻ってひと月ほどのことです。監督から電話があり、「下関で田中絹代記念館の建設予定地が決まった」とのこと。急な展開で驚いたのですが、「ついては、ご足労だが栗さんにも下関までお付き合いを願いたい」との話。さらに、「意に沿わぬ建物になるのは困るので、栗さんの信頼できる建築家(設計士)を紹介いただき、同行してもらえないか」とのことです。ここまで監督に信頼され、頼られることになるとは内心驚きなのですが、そうまで言われて断れるはずもありません。私の選んだ建築家を監督に引き合わせ、互いのスケジュールを調整し、下関へと向かいました。



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