*この連載は seikanet(骨董通販サイト)の関連企画です


44 箙





花の器は「箙(えびら)」と云います。聞き慣れぬ名の、あまり見かけることのない古器です。武士が矢を入れ、肩や腰につけたもので、「やなぐい」あるいは「靫(ゆぎ/うつぼ)」とも呼ばれます。掛けても、据え置いても、花器として見栄えの良い古器で、数寄者には古くから人気があります。云ってみれば戦(いくさ)道具の平和利用ですので、雅なものです。

かつて「古美術こやま」の小山省三さんが、H神社伝来の鎌倉時代の幡裂や様々な古器をウブ出ししてきたことがあります。中に、大きく傷んだ同社伝来の箙がありました。見せてもらった折に、箙は譲って欲しかったのですが、「売れない」とのことで、また仕舞い込まれてしまいました。小山さんが亡くなり、残った品の整理を頼まれた際に、件の箙もありました。小山さん手作りと思われる粗末な段ボールに入って、あの日仕舞い込まれたままの様子で、まるで時が止まっている様でした。預かった品は全て、私たちの主催する交換会(集芳会)で売らせてもらいました。箙もその中に入っており、競り落とされた値は決して高いものではありませんでしたが、私は競りに参加しませんでした。私が買えば、小山さん同様、売らずに仕舞い込んでしまいそうな気がしたからです。

花は実りきれなかった柘榴とコバノズイナ、小手毬です。




光さんのこと その2


毎月の支払いに永楽堂へ伺う度に骨董の話をするのですが、鑑賞陶器が専門の光さんと、考古や仏教美術が好きな私では、好みのモノが違いすぎて噛み合いません。月賦払いが済んだ折、「高木くんは何が好きなのか」と訊ねられました。店内に飾られていた品に興味を示さなかった私ですから、当然でしょう。今は仏教美術と古画が好きで、特に唐画が……と、その魅力についてひと通り語った後、「ではまた」と店を後にしました。

それから間もなくして、光さんから電話がありました。「この前話していた唐画が入った」と云う知らせです。早速お店へ出掛けて行き、件の唐画を見せてもらって驚きました。と、云うか唖然としました。それは最近私が売却した唐画でした。

ことの次第はこうです。前にも青花ブログ「骨董入門」で書かせてもらいましたが、鎌倉にできたばかりの青井さんの店(甍堂)を訪ねた折に、買い取りをお願いした品の中にその唐画も入っていました。鶏と雛を描いたいくぶん大きめの軸で、絵の状態も表装も良く、時代も唐画と呼べる元明時代の作でしたが、パターン化(定型化)の始まった時代の作で、類品の比較的多い画題でしたので、欲しければまた買えるだろうと手放した軸でした。「それ、俺が売った軸だよ」と光さんに伝えると、「えっ、えー」と互いに苦笑いです。

当時サラリーマンだった私でも、少し無理すれば買える範囲にあった唐画でしたから、そう高くはありませんでしたが、それでも光さんにとっては、ついでに買う様な気軽な仕入れでは無かったはずです。「客の注文で買うのは、ダメなもんだなー」と嘆いています。光さんにしてみれば、客の探している唐画が市場に出てきたので、勇んで買い落としてきたのでしょう。「甍堂さんでしょ」「そうそう、なぁんだー」。また二人で苦笑いです。

件の唐画は、後日、茶道具商を紹介する骨董誌に載っていましたので、光さんは無事に売り抜けることができたのだと思いますが、光さんが唐画をいくらで買い、いくらで売ったのかは、もちろんですが訊ねていません。



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