54 北アフリカの木鉢
屋上のプランターには、植えていない野花も多く咲くのですが、この季節の代表はヒメジョオンです。ずっと「ヒメジオン」と覚えていて、そう発音していたのですが、今回の掲載にあたりネットで調べてみたら、「ヒメジョオン」と「ヨ」の促音が付くことを知りました。ちなみに「ハルジオン」は「ハルジオン」のままで促音ナシです。これがややこしくしていますね。
日本中どこにも咲くヒメジョオンですが、大正時代に日本にやってきた外来種とのことで、これも今回知りました。繁殖力の強さから、手入れの行き届かぬ庭に群生するイメージがあるためか、「貧乏草」とも呼ばれるそうです。「ヒメジョオン」は近い将来「ヨ」の促音が消えて、「ヒメジオン」と皆に呼ばれる日が来るように思います。その時、日本が貧しくとも平和な国であれば良いですね。
花器にした木鉢は、買う時に「北アフリカの鉢」と教わりました。丸太を時間をかけて丁寧にくり抜き作ってあります。丁寧に作られた器は平和の象徴の様に私には思えます。
コマちゃんのこと その3
ディスコミュージックの響く喧騒の中、私はお酒が飲めませんでしたが、このメンバーと過ごす時間の楽しさを堪能していました。皆、それぞれの場所で同じ空気を吸って生きてきた世代ですから、話はすぐに噛み合います。音楽の話、映画の話、仕事の話、将来の夢、どれも皆「そうそう、そう云えば……」と話題が途切れることがありません。飲んで、踊り、ふざけ合い、羽目を外し、すっかり打ちとけた7人でしたが、皆それぞれに仕事の残りや終電を気にする時間となり、ひとり減りまたひとりと帰って行きました。
最後まで残ったのは私とコマちゃんと土屋さんです。私と土屋さんは共に六本木に勤め先があり、まだやり残した仕事を抱えていました。土屋さんと私は、これから六本木へ戻って仕事をするつもりで一緒でしたが、コマちゃんは違いました。このメンバーと今夜は遊ぶつもりで来たのでしょう。お酒も度々オーダーし、帰る頃にはしたたかに酔っていました。土屋さんと私が六本木へ向かおうとすると、「俺も行く」とついてきます。
私の生家では、普段お酒を飲む習慣がなく、酔っ払いの相手は苦手でしたが、コマちゃんは違いました。とにかく楽しくフレンドリーです。顔合わせの時、メンバーの中では発言も少なく比較的大人しい存在でしたが、彼の「今が楽しい、この楽しさからまだ離れたくない」と云う気持ちは、私にも良くわかりました。「俺、事務所に泊まるけど来る」と訊ねると、「うん、行く」と楽しそうに応えます。「仕事するからね」「うん、手伝う」「イヤ、良いわ」……。
3人はコマちゃんの奢りでタクシーで六本木へ戻ってきました。土屋さんとはそこで別れ、コマちゃんと事務所に辿り着きました。スタッフは皆帰った後ですので、コマちゃんと二人好きな音楽をかけて一緒にコーヒーを飲んで笑いあい、私は仕事を再開し、コマちゃんは隣の椅子に座って、あれこれと語りかけていましたが、やがて眠ってしまいました。私はコマちゃんの幸せそうな寝顔を見ながら、深夜の事務所で明日締め切りの版下を作り続けていました。
事務所に泊まり込んだ翌日、私が目を覚ますともうコマちゃんはいませんでした。早朝に、私を起こさぬ様こっそりと出て行ったのでしょう。
1ヵ月後、pm7:30(しちじはん)の日がやってきました。前回のディスコ懇親会のあとですので、皆楽しそうです。打ち合わせは早々に切り上げて、今夜も「遊びに行こう」の心づもりです。もちろん反対意見はなく、栁澤さんも今日は帰りのバックを持ってきています。
「(ディスコなら)六本木へ行こう」と、行き先が決まりました。まだ仕事を残している土屋さんもギリギリまで遊べます。私を含め皆が今日は少し余分なお金を持ってきていたのでしょう。ディスコのハシゴをし、コマちゃんはと云えば、途中でちゃっかりナンパまでして、数人の見知らぬ女の子まで連れています。名前も歳も分かりませんが、誰も訊く気もありません。
また、メンバーはひとり減り、またひとりと帰っていきます。ナンパした女の子も知らぬ間に消えていましたが、コマちゃんは今日もまたしたたかに酔って楽しそうにはしゃいでいます。結局はまた、コマちゃんと私の二人が残されました。もう終電の時間はとっくに過ぎています。今日はマンションに帰ろうと決めていた私が、タクシーで帰ると伝えると、「一緒に行く、高木クンのところに泊まる」と笑っています。「えー」と応えますが、私もコマちゃんと一緒の方が楽しいのです。タクシーに乗ってマンションに着いた頃には、すっかり寝入っていたコマちゃんはもう呼んでも起きません。抱え込んでようやくタクシーから下ろし、部屋に連れて帰り、敷いたふとんに寝かした途端、大失態に気がつきました。私のバックがありません。
酔ったコマちゃんをタクシーに乗せる時、座席の後ろに放り込んだままで、忘れてしまったのです。バックの私物は無くしても困らぬ程度の物でしたが、新聞掲載用の刷版(凸版)が入っていました。私の担当するクライアントの新聞広告で、明日の朝、大阪の新聞社に送るためバックに入れていたのです。刷版を送らなければ広告に穴が空きますし、それ以上に、クライアントの信用を一気に無くすことは必至です。私用で使ったタクシーで領収書ももらっていません。どこのタクシーかも分かりません。
一睡もできず悶々とする私の横で、コマちゃんはスヤスヤと心地よさそうな寝息をたてていました。