会期|7月28・29・30日(金土日)
8月3・4・5・6日(木金土日)
8月10・11日(木金)
時間|12-19時
会場|工芸青花
東京都新宿区横寺町31-13 一水寮101(神楽坂)
監修|井出幸亮(編集者)
出品|菅野陽(KANNOTEXTILE)
郷古隆洋(Swimsuit Department)
山本考志(HOW TO WRAP_)
協力|押切隆世(映画監督)
〈「包」の境〉展によせて 井出幸亮
この展示企画のアイデアは、今はなきグラフィックデザイナーが遺した1冊の本を起点にしています。1965年に出版された岡秀行(1905-95)の著書『日本の伝統パッケージ』(美術出版社)はその名のとおり、籠、樽、藁の包み、竹筒、桐箱、土瓶、包装紙など日本古来の「包む」文化の中にある造形美を求めて収集した膨大なコレクションを、美しい写真とレイアウトで掲載した名著。現在は絶版となりほとんど忘れられてしまったかに見える本書は、実は刊行当時アメリカで『How to Wrap Five Eggs』のタイトルで英訳が出版されており、パッケージデザインにまつわる良書として今もって世界中で読み継がれる“クラシック”として知られています。英語版の序文を執筆したのは、20世紀半ばのいわゆる「ミッドセンチュリー」期にチャールズ&レイ・イームズとともにハーマンミラー社を支えた名デザイナー、ジョージ・ネルソンでした。
岡秀行は本書の刊行後、そのコレクションの内容をさらに充実させ、改めて編纂した『包』(毎日新聞社刊 1972年)と『こころの造形—日本の伝統パッケージ』(美術出版社 1974年)の2冊を刊行しています。この紙上において岡は、戦後の高度成長期に資本主義経済の下で急速に進む近代化・工業化の中で、日本の社会から「手仕事」が消滅しつつあること、またその背景としてあった人間的な精神性やそのつながりが失われている状況に対して、強く警鐘を鳴らしています。その問題意識は、これより半世紀近く前に柳宗悦らが興した「民藝」の運動の延長線上にあるものと考えられますが、こうした「包の文化」について岡は「いわば民俗学と民芸の谷間ともいうべき部分として、これまでだれの関心も惹かなかった」ものと書いています(「包装の原点」『包』所収)。
こうした“谷間”に美を見出した岡により蒐集・保存されたさまざまな伝統パッケージは、これらの本が出版された1970年代半ばの時点で「この10年間にほとんど完全にといっていいほど亡びてしまった」(「いま、伝統パッケージの歴史は終る……」『こころの造形』所収)と岡自身が書いたとおり、時代の変化によりその大半が民衆の生活の中から消えてゆきました。それから40年以上が経過した今となっては、この文化を後世に遺さんと生涯を懸けて取り組んだ岡の足跡すらもまた忘れられつつあるのが現状です。
今回の展示は、こうした岡の巨大な業績に対するささやかなオマージュとして企図されたものでありながら、その一方で、彼が探し続けた伝統的な造形そのものを振り返り、素朴に保守あるいは復古を求めるというものではありません。かつて存在し、今では失われたものを博物館のごとく歴史の一頁にしまい込むのでなく、彼がそれらに対して見出した“美”をこそ、現代的な視点から捉え直すことができはしないか。未だ世間に広く認められざる“谷間”に新鮮な美を発見した岡自身の「目」のあり方に倣うように、この忘れられた「包の文化」の魅力を2017年の日本に暮らす者のセンスとアプローチで、アップデートした形で表現してみたい。そんな思いから、今回は現代的な「ものを見る目」を持った3名の方々に参加を呼びかけ、それぞれの観点から「包の文化」を捉えた展示をしていただくことにしました。
渋谷のインテリアショップ『Swimsuit Department』店主の郷古隆洋さんは、岡秀行へのリスペクトをベースにしつつ、古今東西の幅広いアイテムの中から「包」の造形の魅力に溢れた逸品をセレクトします。現代に適した「包み方」を考えるギフトのためのブランド『HOW TO WRAP_』を主宰する山本考志さんは、かつて柳宗理が賞賛したことで知られる、折り紙作家の内山光弘(1878-1967)が考案した「花紋折り」を新たな感性でアレンジし、再生させます。アジアから集めた布や工芸の販売、衣服の製作を行う『KANNOTEXTILE』の菅野陽さんは、各国で独自に育まれてきた、日本の風呂敷(包み布)に通じる「包の文化」を下敷きに、ヴィンテージ・テキスタイルとそれらを用いたオリジナル作品を展示します。御三方はいずれも、岡が蒐集した「伝統パッケージ」が世から姿を消した1970-80年代の生まれであり、次代を担う存在と言える方々です。
これらの試みにおいては、日本/外国、新/旧といったカテゴライズが意図的に混交されており、その形状においてはいずれも、岡が集めていた「日本の伝統パッケージ」そのものとは異なるものと言えます。しかし、そうした“越境”による枠組みの無化(あるいは相対化)がもたらす「美意識のアップデート」の手法こそが、遠く室町の世で茶の湯を開祖したと目される茶人・村田珠光が「和漢のさかいをまぎらかす」と記した茶道のコンセプトに通じているなどと言えば、些か仮説が過ぎるでしょうか。空間、そして時間の境をも自在に「まぎらか」し、既成の価値観をわずかながらも更新してゆくその所作を、確立したジャンルの“谷間”を越えることで知られざる美の世界を鮮やかに編集してみせた岡秀行という人の思想と重ね合わせる時──そこに、表層においては変化を続けてきた造形の背後で伏流水のごとく滔々と流れ続ける「日本の伝統」が、その相貌を露わにする瞬間を見出すこともまた不可能でないように思えます。
会場では、3名の方々の展示の品々とともに、岡秀行の著書、日本の伝統パッケージに関連する書籍などの資料もご用意し、立体的に「包の文化」を感じていただける空間を編んでまいります。〈「包」の境〉を軽快に飛び越えながら、自由な目でその密やかな魅力を発見していただけることを願っています。