ヤクルトといえば、古いものや蒸篭などを探しに台湾や香港に行くと、正規品のヤクルトもあるけれど、容器の形はほぼそのままで、サイズがぐっと大きくなった「野良ヤクルト」的な飲みものが売られているのを目にします。メキシコではヤクルト以外の乳酸菌飲料はごく普通に直方体の紙パックに入っているだけですが、これらの地域では形まで模したものが多い。ヤクルトの容器はもちろん剣持勇によるデザインなので、意匠権を無視した製品なのでしょうが、野良であってもその姿を見ればごく当然に、なかに甘い乳酸菌飲料が入っていることを期待するし、じっさい想像に近い味がします。面白いので見かけるたびに適当に買って、当たり前のように口に貼られたフィルムを剥がし、口をつけて飲んでいるのですが、不思議だなとも思うのです。なぜ僕は、この飲み物が乳酸菌飲料だとわかるのか。そしてなぜ、この形が乳酸菌飲料のシンボルとなっているのか。
実際のところ、飲みやすい形というわけでもない。ただ、こどもの頃、ヤクルトをコップに移し替えて飲んだことがありますが、なんだか別のものを飲んでいるような妙な気分になったことは覚えています。ヤクルトを飲む、というのはこの口の狭さや、飲み終えた容器で工作をしたことなどの体験といっしょに記憶されているのでしょう。そしてまた、キレイな形とも言い難い。剣持勇といえばジャパニーズ・モダン、という呼称が使われますが、ヤクルトはモダンというよりもむしろ、中国の古い壺を連想させ、剣持が仙台の国立工芸指導所において工芸=工業を学んだ時代の考え方である「倣古」へ先祖返りした気配すらします。この姿から僕がなんとなく連想するのは、艾未未による、漢時代の壺にコカ・コーラのロゴを描いた作品です。漢時代というとつい構えてしまいますが、当時はそれなりに貴重でありつつも量産品です。
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