石川昌浩という岡山在住の吹き硝子工と出会って10年以上が経ちます。190cmを超す大きな体で、普段遣いの小さなコップや水差しなどを吹く、細やかな心の持ち主です。才能に満ち満ちて、どんなものを作っても素晴らしい、ということもなく、才能に乏しい作り手が生涯にただ一つ残す「白鳥の歌」といったこともない。才のあるなしを越えて、淡々と作るものは間違いがなく、時に考えすぎ、あるいは「ええかっこ」して作れば、それなりに間違いも生まれたりする。まあ、ふつうの作り手と言っていいでしょう。
そんな彼のコップを手にして、手仕事の硝子はあたたかみがありますね、と言う方もいますが、それは必ずしも当たりとはいえません。彼の仕事ぶりは、効率を重視し、無駄を排し、馴れ合いを嫌う、いわば「クールな」仕事なのです。もちろん、クールに作るからといって、別に「寂びに寂びたり」というものができるわけではありません。できあがる硝子のコップは体躯を生かした強い息の流れを残しつつ、同時に光を湛える柔らかさと、日々の暮らしに応える確実であたりまえの形をもつ、ふつうの良いコップです。むしろ「クールな」というのは、プログラム言語 "Perl" を生み出した Larry Wall が定義したプログラマの三大美徳、「無精」「短気」「傲慢」に近い、ということです。
無精というのは、仕事において自分が手出しをする余地を減らし、形を決めるのも自分で決めるよりも、あたりまえの形を探し、生かすことを優先させる、という態度を指します。それゆえに、工業デザイナーである秋岡芳夫がかつて述べた「身度尺」、あるいは建築家であるル・コルビジェのいう「モジュロール」に従い、身体が持つ心地よさの標準を生かして寸法を決める。
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