好みの茶碗で、自身で点てた茶を喫する……。ちょっと憧れですね。「茶を点てて……」と思いながらも、「作法が……」と、どうしても難しい作法のことに気をとられてしまい、一歩を踏み出せずにいる方も多いと思います。その様な蒐集家の皆さまにご一読いただければうれしいです。

■袱紗捌き
ずっと以前に、テレビ番組で、15代千宗室氏の袱紗捌き(ふくささばき)のシーンが映されました。くつろいだ数名の茶席での袱紗捌きと、大徳寺で献茶する際の袱紗捌きは、まったくの別ものでした。くつろいだ茶席での袱紗捌きは、洋食店でナプキンを取って膝にかける様な軽い動作で、まったく客に緊張感を与えません。逆に、大徳寺献茶の席では、茶を捧げる「行」とも云える厳粛な所作で、見ているこちらも息がつまる程でした。「袱紗捌き」、それは単なる作法ではなく、場に応じて変化する、相当な熟練を要する行為(所作)なのだと、この時に初めて知りました。

茶にかかわる所作で、亭主が客の前で初めて行なうのが袱紗捌きです。門外漢の私が思うことですが、袱紗捌きとは、亭主の技量(経験)を、お招きしたお客さまに知ってもらうための動作(所作)なのだと思います。慣れぬ亭主のたどたどしい袱紗捌きは、「まだ不慣れで……」と無言のうちにお客さまの寛容を求めており、折り目正しい袱紗捌きであれば、「真面目な席です」とやはり無言のうちに伝えているように思います。

■作法無用
そう捉えてみると袱紗捌きは、茶席での振舞いの目安となる、相当に重要な所作ですが、逆に云えば客を迎えぬ(自身が楽しむ)茶であれば、まったく無視して良い行為とも云えます。うるさい茶人から反論があるかも知れませんが、受けつけません。

つまり、ただ好きな茶碗でお茶を点てて飲むのに、袱紗捌き等の難しい作法はすべて省いても、「何の問題もなく美味しいお茶はいただけます」と云うことです。どんなに自己流でも十分に、茶のあるひと時を満喫いただける訳です。私の場合で恐縮ですが、睡眠不足が続いても仕事が終わらぬデザイナー時代は、よく茶を点てて飲んでいました。台所でポットから茶碗にお湯を注ぎ、その場で立ったまま点てます。夜食のカップラーメンと同じノリですね、この一服で相当に無理が効きましたから、効果は保証します。また、ちょっと風邪気味くらいの体調の時も、抹茶が効果的でした。こちらは個人差があると思いますので、保証まではできませんが……。

まずは「茶を楽しんで飲む」。それこそが「茶に適う」ことと個人的には思います。難しい作法は、必要に迫られれば必然的に覚えるでしょう。「茶とは、ただ茶を喫するのみ……」。たしか昔の偉い茶人の言葉です。作法無用、大いにお茶を味わい、古器を楽しんでください。

■お茶を点てる
最低限必要なもの──茶碗/茶杓(ちゃしゃく)/茶筅(ちゃせん)/抹茶。以上の4点です。ほかに、あれば便利なものは、お盆/湯冷まし用の小鉢/湯を捨てる小鉢(建水)/ふきん(水を絞ったきれいな布巾)です。以下、茶を楽しむ手順です。

1)抹茶を買う
抹茶はお茶屋さんに売っています。近くにお茶屋さんがない時は、大きなスーパーやデパート等のお茶売り場にも置いてあります。もちろんネット通販でも買えます。抹茶の種類は多く、値段も様々ですが、茶器(中次形のブリキ缶)に入っている、千円台の抹茶が理想です。

2)茶を点てる
抹茶缶から茶杓で2、3杯、お茶をすくって茶碗にいれ、あとはお湯を適量注いで茶筅でかき回せばOKですが、いくつかの注意点があります。

3)抹茶の固まりをほぐす
抹茶は微細な粉ですので、固まりやすいです。そのまま茶碗に入れて茶を点てると、茶の粒(固まり)が残ります。それを避けるために、抹茶の粒をほぐしてください。茶碗の中で粒を見つけたら、茶杓で軽くつぶしてください。缶の抹茶全体をほぐす時には、紅茶を淹れる金網で漉す方法がお奨めです。

4)お湯は熱過ぎない
茶に注ぐお湯は熱湯ではいけません。好みもありますが、やや温めが良いでしょう。湯冷ましが出来るよう、熱いポットのお湯を一度移せる器(小鉢や片口)があると便利です。その器から茶碗にお湯を注いでください(柄杓は必要ありません)。茶とお湯の量は好みですので、どの位でもよいのですが、お湯があまり多すぎると、抹茶らしい味わいがなくなります。茶碗が大きくても、コップ3分の1程度のお湯で十分です。

5)よくかき混ぜる
茶筅の使い方は慣れぬと難しいものですが、碗の中心から時計回りによくかき混ぜてください。手首を固定して、肘から下を小刻みに動かすようにすれば案外上手くできると思います。お茶(お湯)が碗の外に飛び出さなければ合格です。

6)お茶を喫する
あとは、心静かにお茶を味わう……です。飲み終わったら台所で茶碗をすすいで、良く拭いておけば終了です。

■その他
茶碗は少し温めたほうが良いでしょう(温かい料理を盛る器を温めるのと同じです)。茶を点てる前に少しのお湯を注いで、軽く茶碗を温めてください。そのお湯を捨てるには、茶こぼし(建水)があったほうが便利です。また、碗に残った湯(水滴)を拭くのに、ふきんが必要です。

茶筅の先は傷みやすいものです。茶を点てている際に小さく折れたりしますので、点てる前に茶せんの先をよく点検してください。折れているところがあれば、茶を点てる前に取り除いてください。茶杓の先は素手で触ると油脂が付いてしまい、抹茶がくっつくようになります。それを避けるために、抹茶をすくう前に茶杓の先を乾いた布で拭いてください。

残った抹茶は冷蔵庫に。抹茶は普通のお茶に比べてデリケートです。暑く、湿気のある場所に放置すると、色が変わり、味も落ちてしまいます。使い終わった抹茶は冷蔵庫で保管してください。そうすれば数ヶ月は大丈夫です。

■最後に
茶碗、水指、茶入、釜等が揃わなければお茶はできない、と思ってしまう方もいるでしょう。数寄者であり大茶人の松永耳庵が縁側で茶を点てている晩年の写真があります。木地盆に置かれた茶碗は、桃山織部の名碗でしょうか。手には市販の(ブリキの)抹茶缶が握られています。大茶人とは云え、普段に茶を楽しむ折はこのように気楽なものだったのでしょう。それでこその「大茶人」ですね。


黒高麗茶碗 銘「良寛」 李朝時代 高9cm 浅川伯教銘・箱

黒釉を碗全体に掛けた素朴な形の茶碗で、釉のムラや、いくぶんのダメージがありますので、窯跡発掘でしょう。箱書きは浅川伯教。柳宗悦はじめ民藝運動の作家や文化人に李朝工芸の美を伝えた功労者、浅川兄弟の兄にあたります。浅川兄弟が見出し、戦前の日本に伝えた朝鮮陶磁は厖大な数で、日本民藝館所蔵の朝鮮陶磁の多くも、浅川兄弟による請来です。

掲出の茶碗には「良寛」の銘がつけられています。いくぶんカセもあり、やつれも見られるこの碗の侘びた風情は、粗末な応量器に似ており、清貧に生きた越後の良寛を連想したのでしょう。私にとっても、郷里ゆかりの良寛を偲ばせてくれる、得難く、ありがたい一碗です。





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