ネットや催事で見つけた、好みの品のありそうな骨董店。直接お店へ行ってみたいと思っても、初心者の頃にはこれが相当に勇気のいることですね。私もそうでした。でも、「やーいらっしゃい」と挨拶されるような、なじみのお店が出来ることは嬉しいものです。気の合う店主と、好みの品を前に語り合うひと時は、蒐集家のみ知る楽しさであり、充実の時間でもあります。その交流がまた蒐集の幅を広げ、質も上げてくれます。以下は、そんなお店と出会うためのアドバイスです。骨董店を訪ねてみたいと思われている初心者の方に、ご一読いただければ幸いです。
■骨董屋へ行こう
いつ見てもお客さんの姿もなく、ひっそりとしている店内。飾られている品数も少なく、外からでも大体の様子が分かってしまう骨董店。「いったい、どーやって暮らしているのだろう……」と、古美術骨董に興味を持ち始めた頃、店の前を通る度に思っていました。ウインドウには季節の野花や皿などが飾ってあるのですが、それ以外の、ケースの品物は1年以上も変わった様子がありません。古美術骨董に興味を持ち、山茶碗やそば猪口を買い始めてからも、数年間は、そのような取り澄ましたお店に、私自身入る勇気はとてもありませんでした。
骨董屋になった今でも、初めてのお店を訪ねる折には相当に緊張します。ネットや催事等で骨董に触れ、その魅力を十分に感じて楽しまれておられる多くの方も、骨董店独特の威圧感は同様に感じていると思います。その威圧感に打ち勝って(少々大げさですが……)、店の扉を開けるには、初心者の方であればあるほど勇気とエネルギーが必要なことと思います。以下、少々長いのですが、骨董店訪問への手がかりとしてご一読いただければ幸いです。
■骨董屋との付き合い方
骨董屋の私が 「骨董屋との付き合い方」云々と申し上げるのは少々気恥ずかしいのですが、店にとって良いお客さまであってこそ、嬉しい買い物も可能と思いますので、私のこれまでの経験からいくつかのアドバイスをさせていただきます。
ネットや催事等で見つけたお店でも、初心者の頃はほんとうに自分の好みに合うお店かどうか判断できる材料に乏しいと思いますので、そのようなお店を見つけたら、とりあえず行ってみることをお薦めします。似てはいても同じ品の存在しない古美術骨董の世界ですので、店にもそれぞれ特徴(個性)があります。ふだん使いの伊万里や古陶を扱うお店で、一見同じように見える品揃えでも、内容は微妙に違います。それこそが、店主の好みを反映した品揃えと云うことです。蒐集家も、好みの品に出会えるお店(店主)を見つけることが、蒐集を充実させる何よりの近道となります。
さて、お店への訪問です。ほとんどの店は、店内にまで入ってくる初見の人はそれほど多くはいないものですから(店主が客慣れをしていません)、実は、お客様以上に対応に困るものです。何しに来たの? と云う感じでぶっきらぼうな様子を見せる店主や、「いらっしゃいませ」の一言だけで、あとは手元の本や郵便物なんかを手持ち無沙汰に眺めてしまう店主等々、場違いな所に来てしまった……と後悔するような対応が案外に多いと思いますが、そのほとんどが考え過ぎです。
そのような対応(態度)は、真面目な店主が、初見のお客様を相手とする商いのやり方に慣れていないせいですので、ご安心ください。実際、骨董商のほとんどが、知り合いと業者間での商いが中心なのです。「ちょっと見せてください」の一言で十分ですので、声をかけてから店内を見せてもらってください。ネットで調べて来たのなら、「ネットで拝見して……」の一言を添えても良いでしょう。
もっとも、この一言が出る前に、冷や汗が出てノドもカラカラになるでしょうから、最初のうちは、気軽な一言とはなかなかいかないと思います。でもご安心ください、真面目な蒐集家になられる方は、皆さんがそうです。私も真面目な蒐集家時代はそうでした、と言っても、今は知り合いの誰も信じてくれないでしょうが……。
本題に戻ります。店頭に多くの品物が飾ってあるお店は、「そこにある品物の中から、あなた好みをお選びください」と言っているようなものですから、それらの中から自分好みの品があるかどうかを探していただければよいのですが、あまり多くの品を並べていないお店の場合は「好みの品があれば出してお見せいたします」が基本方針でしょう。そんなお店はちょっと厄介ですね。
そのようなお店では、「何かお探しですか……」と尋ねられることもあります。最初はちょっと面食らうと思いますが、これは「お好みの品はどのようなものですか?」の意味で、他意はありません。実は、そう訊いてもらえたらしめたものです。そこで、「ハイ、○○を探しています」と明快に応えてくれるとは、店主の方でも思ってはいませんから、漠然とでよいので、「花器になる様な……」とか「仏教美術に興味があって……」とか「ネット(催事)の品を拝見して……」とか「初心者ですが、李朝が好きで……」とか、あなたの好みを伝えてみてください。
時には「何か御用でしょうか?」と訊かれたりします。こう訊かれると、「用の無い者は帰れ」と言われているようで、面食らうと云うより、ちょっと落ち込みますね。でも、これは英語で云うところの「may I help you?」みたいなもので、「用の無い者は帰れ」的な意味は含んでいませんので、ご安心ください。先ほどの例と同じく、漠然とでいいですから「花器に使える器を探しています……」とか応えてみてください。
でも実際のところ、声をかけてもらえるのは良い方で、何も訊いてもらえず、声もかけられず、ただ店主がボーッと立っている(座っている)場合があります。こうなると初心者には相当に厄介ですね。かつてはこのパターンが多く、取り付く島の無い感じで、ほとほと困ります。冷や汗が出て、品物も目に入らず、困惑もピークに達します。「入るんじゃ無かったー!」と後悔してしまいます。このような場合は、勇気を出して自分から訊ねる以外に打開策はありません。「何でこんな所で、そんな気力を使わなくちゃならないのか……。ネットや催事で品探ししている方がどれほど気が楽か……。客に対する態度と思えぬ、あまりに理不尽な店主の振る舞い!」なのですが、実は、そのような店主の無愛想な振る舞いは、あなたの来店が迷惑でそんな態度に出ている訳ではなく、初見の来店者の接客が苦手か、もしくは、押し売りをするような店と感じられるのが嫌で声が掛けられずにいる場合がほとんどなのです。あなたを困らせようとして取っている態度ではないのです。ここはひとつあなたの方から、「もう仕様がないなー」と観念して、声を掛けてみてください。「ここにあるようなモノが好きで、訪ねさせてもらいました」みたいな一声をかけてみてください(内容は何でも良いのです……)。せっかく勇気を出して訪ねた、好みのモノがありそうなお店でしたらなおさらですね。
もっと具体的に、「まだ始めたばかりなのですが……」とか「数万円くらいのものしか買えませんが……」と正直に付け加えても良いと思います。「そんな客は帰れ」と言うような店主はいないはずです(いたら、そんな店はもう二度と行く必要はありません)。「今ここにあるだけで、ありませんねー」と返事が返ってきたら、縁のないお店とあきらめてください。「そーですねー」と何か探してくれるようでしたら、脈があります。出して見せてくれた中に好みの品があれば、「欲しいのですが、幾らでしょうか?」と遠慮なく尋ねてみてください。買える価格であれば、「譲っていただけますか」や「買います」でOKなのですが、大概の場合、ちょっと無理しないと買えそうにない品が出てきます。これは、店主があなたを困らせるためにそうしたのではなく、「初めてのお客様に安価な品を見せては失礼……」と思い、慎重に選んでくれた小さな親切(大きなお世話)の場合が多いのです。
その品が少々高価な品でも、欲しい品でしたら、「欲しいのですが、お金が足りません。後でも良いでしょうか」と尋ねてみるのも良いと思います。とても買えそうにない品でしたら、「もう少し安い品を探しています」と正直に応えた方が良いでしょう。きっと、「では……」と再度何かを探してもらえると思います。
実際は初心者の頃は、そのようなお店で何を見せてもらっても上の空と思います。店頭に飾ってあった数点が、実はそのお店のメインの取り扱い分野(商品)の場合が多いのです。いまいちピンとくるところのない品ばかりでしたら、「見せていただき、ありがとうございました」と早めに切り上げた方が無難です。好みの合うお店には、店頭にある数点にも欲しくなるような品があり、好みの合わないお店は、どれを見ても購入意欲が湧かないものです。長居をし過ぎますと、行き掛かり上、散財の事態にもなりかねません。ご注意ください。
好みの品が多く見られたお店は、今後の蒐集の良い窓口になってくれるでしょう。そのようなお店に出会えたことが、これから先の蒐集を充実させ、楽しみも大いに深めてくれます。そんなお店と思えたら、その場での購入如何にかかわらず、「自分はこう云う者ですが……」と自己紹介をしておいた方が良いのです。これは押し付けがましい行為のようですが、大概の店主は、初めてのお客様の素性をあれこれ詮索するのは失礼と思い遠慮しているだけですので、少しも押し付けがましいことではありません。あとは帰り際に、「また寄せてもらいます」の一言で十分です。
あの時見せてもらって気になったが、買えなかった……。好みの品のある店では、往々にしてそんな品に出会います。そんなお店が見つかればしめたものです。次回、そのお店を訪ねる時に、茶菓子など手土産持参で出かけましょう。「この前はいろいろ見せていただいてありがとうございました」と差し出す手土産ひとつで、大概の店主は恐縮してくれますから、結果として、エビでタイも夢ではなくなります。「負けてもらえませんか?」の一言以上に効果は期待できます。(*これを読まれて、当店へ手土産持参で来られても効果は保証できません)
店内まで来られるお客様の人数は、大概のお店の場合そう多くはありませんので、好みの品のあるお店でしたら、その後数回の訪問ですぐになじみにもなれ、気軽にお付き合いのできる間柄にもなれるでしょう。ただし、いつも見るだけで買わないお客様では、お店も商売ですから、対応が苦しいと思います。これは一骨董屋からのお願いですが、お店を訪ねる時は、フトコロに少々余裕のある時に「今日は買うぞー!」の心意気で。どうか出かけてみてください。
以上を参考に、コロナ禍の落ち着いたあかつきには、好みのお店探しに出かけてもらえればと思います。初心者の方には、企画展等を店で開催されている折の方が入りやすいでしょうが、長く親しいお付き合いをと思われるのでしたら、平時のお店を訪ねるのが良いでしょう。
*古美術骨董に様々な品があるように、お店も様々ですので、一律に私の体験が活かせるかどうか心許ないのですが、参考にしていただければ幸いです。
■注意点
お客様にモノ(骨董)との出会いを喜んでもらい、熱く充実した時間を過ごしてもらえることが、ほとんどの骨董商の望みですから、その他の注意点を少し列記させていただきます。参考にしてください。
1)長居は無用です。どのようなお店でも1時間以内を目処にしてください
骨董屋の店主は人(客)馴れしていない場合が多いものです。また初めのうちは、先客がいる場合は入店を遠慮したほうが無難でしょう。
2)値段を尋ねるのは失礼ではありません
「好きだけど何だか高そうで、買えないだろうなー」と思った品でも、気に入った品があれば、ぜひ値段を尋ねてみてください。やっぱり高すぎて買えそうにない品でしたら、「私には無理な品でした……」と正直に応えて問題ありません。格好悪いからと、動揺を隠して買えそうなフリをすると、以後そのお店に行きにくくなりますので注意してください(私の経験です)。骨董が好きになって、買う気(情熱)のある人は、金銭に余裕のない初心者の方でも歓迎されます。他にも気になる品があれば、最初の「高かった……」にめげず、再度「こちらはいくらでしょうか?」と尋ねても問題ありません(それも買えないほど高値だと、ちょっと落ち込みますね……)。
3)分からないことは、遠慮なく質問して大丈夫です
店主の言葉には、知らぬうちに専門用語が入ってしまう場合が多いです。あまり用語を知らない初心者の頃は、難解な日本語を聞かされている様な気分になります。こんなことを訊いたらバカにされるのでは……との心配は無用です。どんなに初歩的な質問でも、バカにされることはありませんので、分からない言葉や内容は、「良く分からないので教えてください」とどんどん質問してみてください。親切に応えてくれるかどうかは、店主にもよりますが、大概は懇切丁寧に教えてくれると思います。無理して知ったかぶりをされても、骨董商は案外カンが鋭いですので、大体はバレています。かえって甘く見られる危険性があります。ご注意ください(これも、私の経験です……汗!)。
4)他店の悪口や他店の品の批判は慎んでください。店主が返答に困ります
■最後に
注意することが多すぎて、実際にお店を訪ねたあとで、「あー、やっちゃったー」と思うことも多々あるでしょう。それは、蒐集歴の長い達人も同様なのです。完璧なお客様、完璧な骨董屋、そんなものは存在しません。お互いに良い関係(居心地の良い時間)を持てれば、それで十分です。要は「買うぞー!」の心意気ですね。
松花堂水墨茄子図軸 江戸時代 16.5×21.8cm
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何ともかわいい茄子図で、牧谿等の禅林水墨へのオマージュが感じられます。落款印章は松花堂、味の良い時代箱に収まり、古筆の極め札も添います。
松花堂ほどのビックネームともなれば、当然に真贋の問題がついてまわります。で、この松花堂軸「真物(ホンモノ)なのか……」と問われれば、応えは「わかりません」となります。プロなのに何とも頼りない返事で申し訳ないのですが、それが本音(事実)です。「じゃ、何で買ったのか」と訊かれたなら、「いい絵じゃないですか……」と応えます。
書画に限らず、ですが、特に書画の場合は真贋の壁(判断)が、蒐集以前に大きく立ちはだかっています。では「何を信じて買えばよいのか……」。図録等に載っているから……か、専門である書画屋の売りものだから……か、落款印章を比較したから……か、どれも根拠となりますが、どれも確信とまでは云えません。では再度「何を信じて買えばよいのか……」です。
いつもの極論ですが、あなた自身の五感を信じて買われれば良いと、私は思うのです。暴論ですが正論と思います。
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