野花を摘んで帰り、好みの骨董(古陶や古器)に活け、部屋の片隅に置く……。花を探し、好みの古器に活ける時間は、蒐集家にとって至福の時とも云えます。すでに野花を楽しんでいる蒐集家の皆さまには今さらの内容ですが、古器と野花を楽しんでみたいと思っている初心者の方に御一読いただければうれしいです。

■野山へ
花と云えば「花屋さん」ですが、花屋さんにある花の多くは栽培された品種です。また、長持ちするような強い品種の洋花がほとんどです。古器に花を楽しむ場合は(特に日本の器でしたら)、やはり野にある季節の花が断然似合います。どのような器でも花映りは良く、器の味わいも一段と増します。

まずは近所の野原や山へ出かけてみてください。近所の野原には何もないと思っている方もいるでしょう。木陰や小道の周辺は、よく見れば野花の宝庫です。水辺があれば、なお様々な可憐な花に出会えます。何気なく通り過ぎていた時には目に止まらぬものですが、花を探すと云う目的があれば、意外なほど多くの花が近くに咲いていることに気付くでしょう。摘みに出かける時は、水の入る丈夫なビニール袋か小さなバケツ、ハサミを用意して出かけてください。手袋もあると役立ちます。

野の花、特に日陰や水辺に咲くような小さく可憐な花は、水がないと、切った瞬間からしおれてきます。欲しい花材が見つかったら、まず新鮮な水を確保してください。ビニール袋やバケツに多めの水を用意してから、花を見つけた場所に引き返して摘んでください。花を切る時はなるべく長めの方が良いです。その方が花の水分が保たれますが、根こそぎは止めてください。花だけを切り取れば、来年もその場所でまた同じ花を摘むことが出来るのです。また、欲ばって多くの花を摘んでしまうのも感心しません。好みの器に活ける分より幾分多め、が目安です。それ以上摘んでも、無駄に枯らせてしまうだけです。

■花を活ける
好みの花を摘んで家へ戻ったら、真っ先に、花に冷たい水をたっぷりとかけてください。いくぶんしおれ気味の花でも、風の通る日陰に数時間置けば元気を取り戻してくれます。好みの器が古陶でしたら、器にもたっぷりの水を吸わせてください。竹籠等の場合は、霧吹きで表面が濡れる程度が理想です。

さて、いよいよ花を活ける、です。「上手く活けられない……」「どう活けたら良いかわからない……」。真面目な初心者の方はそんな風に思うかも知れませんが、古器に活ける花に、規則や、上手い下手はありません。ご自身が「これで良い」と思う活け方で、十分、理にかなっています。慣れるまでは、数本の花を口の細い小さめの器に挿してみてください。慣れるにしたがい二種三種の花材を組み合わせ、広い口の器でも様になる活け方ができるようになります。活け方は習わなくとも、花と器が自然と教えてくれます。要は野花と古器を慈しみ、楽しむ気持ちが一番大切と思います。

尚、水のあまり入らぬ器や落としを用いる場合、夏は特に水が温まって悪くなりやすく、花の枯れが早まりますので、朝晩水替えをしてください。エアコンの効いた部屋は乾燥していますので、霧吹き等で花全体にもたっぷり水をあげてください。

■見立ての花器
私がはじめて古器に活けられた花に目をとめたのは、骨董蒐集を始めて間のない30代の頃です。古窯や考古美術に興味を持ち始めた頃で、細見古香庵旧蔵の「弥生小壺」を買った折、その壺が載っている本を店主より頂戴しました。本には、数々の土器や須恵器に活けられた野の花が載っていました。私も早速、買ったばかりの弥生小壺に野花を摘んで活けてみました。骨董誌や婦人誌等でも、時々は須恵器や土器に花を活けた写真が載るようになった頃です。やがて秦秀雄氏、白洲正子氏、川瀬敏郎氏等の、野花を活けた古器の写真集が出版されるようになり、骨董と花を楽しむ流れは、その頃から蒐集家の間に少しずつ定着していきました。私も、最初の弥生壺との出会いから今日まで、野花の器として様々な古器を楽しんでいます。

■古器の命
博物館や資料館で、大好きな弥生や須恵器を見ては感じる違和感があります。私が好きで扱う(仕入れる)土器とは印象が違います。違和感の正体は、土器の生命力のような気がします。ガラスケースの中に収まるそれらの古代土器には、生命の息吹が感じられません。私などの扱う疵だらけの器に比べれば、見事な古代土器が多いのですが、ほとんどの展示品に親近感を感じたことはありません。割れた個所を石膏で復元したような土器を見ても、標本のようにしか見えないのです……。

私が最初に買った「弥生小壺」は疵だらけでした。古美術蒐集の大先輩、細見古香庵が花器として愛蔵し、今は私のような蒐集初心者がその真似事をして楽しんでいる。見えぬつながりと云うか、蒐集することの充実感と満足を与えてくれる小壺でした。

使われてこそ活きる。それが古器(骨董)の命なのかも知れません。ガラスケースの内側に整然と並べられている古器は、もう活かされ、使われることのない、考古資料としての価値のみが与えられている様に思います。同じように発掘された古代土器でも、蒐集家の手にあれば、ある日には季節の花を添えられ、時にはホコリをかぶったまま忘れられ、そしてふたたびホコリを払って花器として愛でられます。骨董蒐集家とは、古器を活かす人、古器に生命を与える人なのではと、勝手にですが、思っています。


鉄鈴 高13.5cm

いくぶん厚い鉄板を円錐形に丸め、上端は細く曲げられています。鉄味が良くシンプルな姿で、花器にと思い、骨董市で買ってきました。買う際に「何ですか?」と訊くと、「インドで見つけたもので、牛に付ける鈴(カウベル)ではないか……」とのことでした。これ自体が鳴るのではなく、これ数本を束にして結び、揺れて、本体同士がぶつかる際に鳴るのだ、と教えてもらいました。なるほど、国が違えば馬鈴やカウベルの様子も違うものだと驚いたのですが、さらに驚く出来事がありました。件の鉄鈴を買ったあと、『アースダイバー神社編』(中沢新一著/講談社刊)を読んで興味深く思っていた諏訪大社を訪ねた折りのことです。大社の資料館に、この鉄鈴と同じモノが「神宝(鉄鐸)」として展示されていました。同書は、我らの祖先(縄文人や弥生人)とその信仰がどこから来て、現在どこにその痕跡を留めているかを探っためっぽう面白い1冊で、諏訪大社も取り上げられており、縄文石器文化の中心を担ったスンダランド系人種と、弥生文化を育んだアヅミ(安曇)と呼ばれた倭人(海人)系人種の信仰が一体となり(しかし明確な区分を保ちながら……)現在にまで遺されてきた貴重な地(神社)として、諏訪大社(諏訪湖周辺の地)が紹介されていました。

中沢新一氏の著書に誘われ、訪ねた地で出会った「鉄鈴」。私は、目に見えぬ悠久の時の一端(日本人のルーツ)に触れた様な気がしました。

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