■蒐集初心者の落し穴
少し脱線しますが、「蒐集初心者の頃の落し穴」について、お話させていただきます。
初心者のあなたが、久しぶりに骨董を求めて催事に出かけたとします。あなたが初心者であることが判れば、足元を見られ、言葉巧みに高いものを売りつけられてしまうかも知れません。そこであまり深い会話をせず、自分好みの品を黙々と探し、「高いねー、少しまけて」とか言いながら、まけてもらえたら「では」と購入し、店主からは丁重な挨拶をされ、戦利品を提げて帰ってきます。収穫もあり、充実の1日でしたね。あとはインスタグラムにでも載せて、「いいね」をいっぱいもらえたら、さらに満足、なはずですが……。
そうなんです。熱い蒐集に必要な、品への思い入れも、達成感や挫折感や、憧れも、このような買い方(蒐集)をしているだけでは、なかなか生まれてこないのです。月日が経てば、そんなあなたでもベテラン蒐集家として認知されるようになるかも知れませんが、それまで蒐集の熱意が続くかどうか……何とも心もとないですね。
初心者の頃にはまってしまう骨董蒐集の落し穴は、初心者が初心者として振る舞えない(立ち位置がない)ところにあります。「いやー、何もワカラナイ初心者なので……」と伝えても、「またまたご謙遜を」と社交辞令で返されてしまうと、もしかして目利きなんだろうか? とご自身を勘違いしてしまいそうですね。好きな品を見つけて、買ってみたいけど、高いのか安いのか、どう云うモノなのか、サッパリわからない。訊きたいけど、店主は他のお客さんの対応で忙しそうで(何だか怖そうで)、あきらめようか……。この様な思いは、初心者の方ならどなたも一度は経験していることでしょう。
そうなんです。お店でも、蒐集家の多い展示会なども、なかなか初心者の立ち入る隙がないのです。初心者が初心者らしく振る舞える場所が、骨董の世界にこそ必要なのに……です。そこで、どうしても初心者はヤフオクやインスタグラム等のネット販売に頼ってしまいがちになります。これが初心者の頃にはまってしまう、第2の落し穴となります。
栗八もヤフオクや青花ネットでの販売をメインとしています。ネット販売自体は時代の要請で、これからは骨董売買の場としても確かな位置を築くと思いますが、初心者が熱い蒐集を持続させる(売買や交流を含めた)ツールとなるには、まだもう少し時間がかかるでしょう。
ネットは、買ったり、調べたり、厭きたら売ることさえできます。売買のシステムとしてあらゆるジャンルで定着していますが、骨董蒐集の楽しさに目覚めた初心者に確かな手ごたえを与えてくれるまでには、ネットでの蒐集は成熟していません。ご自身の蒐集に成長(確かな手ごたえ)が感じられる様な進歩の目安(ものさし)が、ネットの世界ではまだ存在していないのです。国宝重文級の文化財も、いわゆるジャンクも、同一のラインで表示されるのがネット世界です。「蒐集骨董品採点」アプリは、たぶん永遠にアップされないでしょう。
では、どうしたら初心者が、手ごたえのある蒐集を楽しみながら続けて行くことができるのか……です。長くなりました。章を改めます。
■良い骨董屋
ようやく前回からの本題ですね。「初心者が、手ごたえのある蒐集を楽しみながら続けて行く」ために必要なこと。それは、末永く付き合える骨董屋を探すこと、につきます。「良い骨董を探す前に、良い骨董屋を探す」。これができたなら、あなたの熱い蒐集家人生は保証されたも同然です。探すコツはただひとつ。「あなた好みの品が置いてあるかどうか」です。これは、青花ネットの中でも同じことが言えますから、催事でもネットでもお店でも、あなた好みの品が多くあるお店を、まず探し出せば良いのです。
青花ネットの監修を頼まれた私が、若さがあり、センスも良く、やる気の感じられる骨董商を中心に選んだのは、そのための下地作りでもあります。ここに集まった骨董商たちの中から、センスや好みの合う方と知り合い、これから先、親しい付き合いを続けて行ければ、自ずと「充実の蒐集家ライフ」になるでしょう。
栗八の場合は、あなた好みの品がたとえあったとしても、すでにロートル(死語か……)ですので、残念ながらあなたの熱い蒐集の役には立ちそうにありません。どちらかと云うと、道半ばで足手まといになる可能性の方が高いです。スイマセン、脱線しました。
できれば、あなたと同年代で、骨董経験年数も同程度の骨董屋が理想です。つまり、あなたが初心者なら、骨董屋も初心者である方が理想的です。あなた好みの品があり、熱意のある初心者骨董屋探しですね。
骨董屋は、古美術骨董が好きで人脈や経験もないままこの世界に入ってきた人たち、まだ資金力も人脈もなく、自身の眼が惚れ込んだモノを前にして、売れる保証もあてもなく、その価格に逡巡し、明日からの生活費や資金繰りに戸惑いながらも、「それでも」と自分自身に言い聞かせて、その1点を仕入れてきている人たちです。
と、前回書きました。共に学び、共に悩み、共に喜べる関係。例えば、そんな初心者骨董店主ががんばって仕入れてきた品を見せられたあなたが、「良いねー」や「好きだなー」「欲しいなー」「俺で買えるかなー」と心から応えてくれたなら、店主は今日までのあらゆる苦労が報われた気持ちになると思うのです。数千円、数万円を値切ろうとして、「ここに傷があるねー」とか、「で、まけてくれるの?」とかの冷めた態度では、骨董商との信頼関係は永遠に築けないのです。
お互いが初心者同士、忌憚のない意見を交わし、共に学び、成長し、審美眼も資力も共に蓄えて行けば良いのです。初心者店主の前なら懐具合も知識も、見栄を張る必要はありません。お互いが資金にも知識にも乏しい者同士です。共に学び、共に落ち込み、共に笑って行ける関係を築けば良いのです。次回は、そんな「あなた好みの品物のある骨董屋」との、出会いとお付き合いのきっかけ作りについてです。
古銅角香炉 江戸時代 高9.5cm
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底から口縁にかけてゆるやかに広がる方形の古銅香炉で、シンプルですが、形はシャープで力強く、黒々とした金味も良く、重厚感とモダンさを併せ持っています。年に一度、青山で「古民藝展」を開催していた頃、民藝好きの後輩業者が、味の良い木工品や竹籠と共にどこかで仕入れて持ってきてくれたものです。それらは値段も手頃で、民藝展向きの品ばかりでしたので、ほとんどをよろこんで買わせてもらっていました。この香炉も民藝展に並べるつもりで買い、仕舞い込んでいたのですが、展示会の直前になって気が変わりました。
この香炉は、民藝展用の品とは別に、彼から「高木さんに似合うと思う」と差し出されたものでした。似合うかどうかは別として、確かに「好み」です。さらに言えば「相当に、好み」です。民藝展には並べず、その後しばらく店で香炉や花器として、時々は出して使っていました。ある日、ふらりと近所の先輩業者が訪ねてきました。この角香炉を眺め、「いくらか」と尋ねます。「それは好きで残しているので売れません」とも言えません。かと言って法外な値をつけたりすれば、「あいつは欲張りで……」と思われてしまうでしょう。困った末のとっさの嘘が、「あー、スイマセン、前のお客さんに売れてしまって……」のひと言でした。それほど客が来るような店ではありませんので、まあ、見え見えの嘘です。「あーそう、それはそれは」と先輩業者は、ふらりと帰っていきました。
こうなると、もう店では売れませんし、店にも置けません。あの嘘から十数年、ずっと仕舞い込んでいた香炉です。先輩にも、香炉にも悪いことをしてしまいました。
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