ニッターに直接糸を届けるやり方を選んだクインス&カンパニーのウェブサイトでは、その糸を使ったデザインのパターンも販売している。デザイナーとの関係についてどう考えているのか、オーナーのパム・アレンに訊いてみた。

「私たちは、デザイナーが自由なクリエイティビティを発揮してくれるようにと考えている。クインスのなかに入ってきてもらうのではなくて、一人ひとりのデザイナーをクインスの糸でサポートするイメージね」

ニュートラルでベーシックで使いやすいクインスの糸は、どのようなデザイナーの個性にも合わせることができる。そしてクインスの糸がもつ明るい浜辺の朝のような空気も、どのデザインにも漂っている。

実は、パムがこの世界に入るまでにはいくつかの偶然があった。イリノイ州シカゴで生まれ育ったパムは、大学をわずか1学期で退学。婦人服店で働いて独立するが、あまりの忙しさに店をやめ、23歳で大学に入りなおす。さらにフランスに留学してソルボンヌで歴史、経済、文学を学んだ。昔好きだった編みものへの関心が再燃したのはそのころだ。留学を終えてフランス語の学位を取得、さらに言語学の修士号も取得する。

シカゴで1年ほど働き、休暇でメイン州の友人宅を訪れたとき、海と自然に恵まれたこの地に、どういうわけかパムはひどく惹かれてしまう。思い立つと決断の早い彼女は、夏の終わりまでに釣り雑誌の編集アシスタントの仕事を見つけ、そのまま海沿いの町カムデンに住み着いた。結婚を機に退職し、最初の娘が生まれたときに再度編み針を手に取るようになった。そしてほどなく地元のギャラリーで1点物のセーターを販売するようになる。

1985年、パムが初めてニューヨークの全米ニードルアート協会の展示会(TNNA)に参加した帰り道のこと。たまたまタクシーをシェアした相手が、手芸雑誌シリーズ『ファミリー・サークル』の編集者だった。その縁で子供用ニットウエアのデザインが雑誌に買い取られたことで、パムは「ニットウエア・デザイナー」となった。

その後、パムは書籍『ニッティング・イン・アメリカ』でトップバッターとして紹介され、『初心者のための……』シリーズ本のニットの巻の著者のひとりにもなった。けれど、小さな子供たちの面倒を見ながらやっていくのは簡単なことではなかった。『インターウィーブ・ニッツ(IK)』誌のマネージング・エディターのアン・バッドからメールが届いたとき、パムは手に確実な職をつけるため看護学校で勉強中だったのだ。

アンからのメールによると、当時の編集長がIK誌を辞めようとしていて、新しい編集者を探しているらしい。そこでパムは「私が応募してもいい?」と聞いてみたのだ。返事はイエス。メイン州からコロラドにある編集部まで飛び、その日のうちに採用されたパムは即座に看護学校を退学し、編みものの世界のレッドカーペットを歩くことになった。

IK誌編集長としての経験は、デザイナーのクリエイティビティを生かすというクインスの方針につながった。「私が編みものを始めたころ、ニットデザインはヤーン・カンパニーのものだった。けれど新しい時代になってデザイナーの名前が表に出てくるようになった。私はそれを素晴らしいことだと思っている。デザイナーとヤーン・カンパニーは、相互に助け合える関係になれると思う」

通常、デザイナーとブランドがコラボレーションしたデザイン・パターンを販売するとき、編みものSNSラベリー上ではブランドのアカウントが発売元になる。けれどもクインスでは、デザイナー自身のウェブサイトやブログでも販売できる契約をしている。デザインの著作権が明確に、デザイナー本人のものとなっているのだ。デザイナーがオンラインでニッターに直接アクセスできるという現状から、出版社やヤーン・カンパニー側もデザイナーとの関係を見直しつつある。その意味でもクインスは新しい世代を代表するヤーン・カンパニーといえるだろう。

クインスの糸の売り上げは、2010年の販売開始から順調に伸び、つねに在庫調整との戦いだ。共同経営者だったボブは紡績業に専念し、キャリーは自分のビジネスを立ち上げるために去った。現在はパム自身の息子を含むスタッフで運営している。

パムにこの先の予定を訊いてみた。「いまニッターの関心が集まっているのは、羊のブリードとそのウールの特性や産地にかかわること。どの品種のウールで、それはどんな特性か。さらにその個体や、収穫年まで突きとめたりする。私たちが次に準備している糸は、ウールの産地をテキサスに絞ったもので、メリノウール50パーセントとモヘア50パーセントのブレンドで、とても美しいの。ほかにも産地とブリードを特定できる糸を商品ラインに加えていきたい。とてもわくわくしているわ」

こんな言葉もつけ加えてくれた。「釣り雑誌で働いていたころ、まさか自分が将来ヤーン・カンパニーのオーナーになるなんて思いもつかなかったし、そのとき生まれてもいなかった自分の息子が、いまでは一緒に働いているなんて本当にびっくりよ。人生、次に何が起こるかなんてわからないものよ」

パムがこのとき教えてくれた糸は、2014年6月に発売された、羽のように柔らかなレースウェイトの「イソシギ(Piper)」のことだ。さらに翌年には、アメリカの国産コットンを100パーセント使用した糸「ハジロオオシギ(Willet)」も誕生した。



「Valhalla Yarns」はアメリカ西海岸カリフォルニア州にある小規模な糸メーカー。Valhalla(ヴァルハラ)はノルウェーの神話で「天国のような場所」という意味だ。オーナーのSigne Ostby(シグニー)は北欧系の人で、この糸を編むとまるで「ヴァルハラにいるように感じた」ことが由来という。1996年、Valhalla Yarnsはアルパカのためのファームとして始まり、えり抜きのアルパカをアメリカで最高の血統のアルパカと交配させ、ファイバーの品質を「研ぎ澄ます」ことに情熱を注いできた。現在のシグニーの糸に使われているファイバーの多くが最上級のロイヤルアルパカのグレードを誇る。良質なアルパカのファイバーには、ウールの7倍という保温性、カシミア並の柔らかさ、肌触りの良さがある。しかし形状を記憶して回復する性質を持たないので、セーターのようなウエアにするにはウールとの混紡が必要だ。そのため、このアルパカの品質に匹敵するスーパーファインメリノとコルモが選ばれた。のちにスーパーファインコルモの羊もファームに加わった。

Valhalla Yarnsの糸は毎年ファイバーの品質を確かめながらブレンドが決められ、少しだけ作られる。このように、できあがるたび個性の違うオートクチュールの糸は「ブティック・ヤーン」と呼ばれる。そのひとつが「Caramel Macchiato」だ。使われているのは、たいへん珍しいカラード・ウールのスーパーファインメリノ。このほのかな自然のミルキーベージュに合わせて、アルパカの色とクラスも注意深く選ばれた。めったに手に入らないウールなので、同じものはもう生産できない。最後の在庫をすべてこちらに回していただいた。繊細な色と雲のようなふんわり感で、握るだけで幸せな気持ちになる。「White Divinity」は最高のコルモの弾力と、ベビーアルパカよりさらに高品質のロイヤルアルパカの手触りが一つになった糸。余計な加工は要らない、素材の良さを味わえる触り心地と編み心地。「Ambrosia」は、ウーレン(紡毛紡績)で紡がれながら、ウーステッド(梳毛紡績)並の滑らかさをもつ、驚異的な糸。素材はスーパーファインコルモウール100パーセントで、柔らかいだけでなくコシと弾力のある、吸い付くような編み心地は、まさに「天国」のよう。



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