編みものブームにより成熟してきた手編み糸の世界で、はっきりしてきたひとつの方向は「ローカル・メイド」のウールだ。アメリカなら、アメリカで育った羊の毛を国内で糸の状態まで加工する、しかも、ある程度広く流通する糸として。その傾向は、顔の見える生産者から素材を手に入れ、地元の産業を助け、持続可能なサイクルをめざすライフスタイルを推進する動きと、もちろん無関係ではない。フードマイレージならぬウールマイレージ。アメリカでその先陣を切ったひとりが、ジャレッド・フロッドだ。

ジャレッド・フロッドはニットデザイナーでもあり、「ブルックリン・ツイード(BT)」という、ニットデザインとオリジナル糸の会社のオーナー兼クリエイティブ・ディレクターだ。ワシントン州タコマのピュージェットサウンド大学で写真、絵画、平面デザインを学んだ。2005年にニューヨークのブルックリンに移り住み、ジュリアード音楽院のオフィスで事務仕事をするかたわら、大学時代から興味があった編みものにのめりこむ。

この年、彼は「ブルックリン・ツイード」の名でブログを書きはじめ、すぐに知られるところとなった――その写真の卓越したクオリティによって。息をのむような色のヤーン・ケーキ(糸のかせを玉巻き機で巻いた、円筒型の糸玉)がひとつだけ置かれていることもあれば、編みあげられた、あるいは編みかけのプロジェクトが、色も構図も計算された緊張感のある写真作品にされていることもあった。編まれた作品の端正さや、選ぶ糸の趣味の良さとも相まって、ほかのブログとは一線を画した空気があった。

やがて彼は自分がデザインして編んだ作品を発表しはじめる。その才能が認知され、デザインワークの依頼が舞い込むまでに、たいして時間はかからなかった。2007年からはニューヨーク・アカデミー・オブ・アートでアートの勉強を継続しながら、オリジナルパターンのデザインにも真剣に取り組んでいった。同年『インターウィーブ・ニッツ』誌にセーターと帽子のデザインが掲載され、翌年の『ヴォーグ・ニッティング』秋号でミトンデザインが表紙を飾る。イギリスなど海外からも注目を浴びはじめ、2009年にはヤーン・カンパニーのクラシック・エリート社から、初めてのデザインブック『メイド・イン・ブルックリン』を出版する。

このデザインブックの販促のため、2008年に全米ニードルアート協会の展示会(TNNA)に出かけたことが、ジャレッドの大きな転機になった。一般的な手編み糸の会社は、世界中で紡績された糸から選びだすことで商品とする、という製品のなりたちを目の当たりにしたのだ。その体験から、いつの日か自分自身でオリジナルな糸をイチから作りたいという考えが芽生えた。

最初のデザインブックの評判は上々で、北米を中心に初年度だけで1万部以上売れた。それを元手に、費用面では糸の夢を実現できるかもしれない。次に彼は、紡績工場のオーナー、ヤーン・カンパニーのクリエイティブ・ディレクター、アメリカ国内の羊毛のブローカーといった人々に会ってアドバイスを求める。自分の糸を紡ぐためには、さらなる知識が必要だった。



前の記事へ  次の記事へ

鳥古繰子 Tricoquelicot

ニットライター。多摩美術大学芸術学科卒業。外資系企業、国内手芸企業勤務を経て独立。『Peacework』や『Knitscene』など、アメリカの手芸雑誌でレポーターを務める。『毛糸だま』(日本ヴォーグ社)で海外の毛糸に関するコラムを連載中。
twitter:@tricoquelicot


1 はじまり 201605

2 バーブと羊たち 201606

3 シープ・シェア 201607

4 捨てられていたウール 201608

5 羊毛を糸にする 201609

6 染色工場 201610

7 染色工場2 201611

8 インディーダイヤー 201612

9 インディーダイヤー2 201701

10 ベロッコ社へ 201702

11 ノラ・ゴーンと 201703

12 ウェブのおかげ 201704

13 ニューヨークへ 201705

14 八布テキスタイル 201706

15 一緒に編む 201708

16 ラベリー1 201709

17 ラベリー2 201710

18 ハンナ・Fと 201711

19 パム・アレンと 201712

20 パム・アレンと2 201801

21 クララと 201802

22 クララと 2 201803

23 クララと 3 201804

24 ジャレッド 1 201805

25 ジャレッド 2 201806

トップへ戻る ▲