クララ・パークスと一緒に、水曜の朝に立つ小規模なファーマーズ・マーケットを覗きながら歩く。道すがら、「この郵便局で郵便物を毎朝受けとるの。今日は何もないわね、残念」「ここがいつも寄る本屋さん、品揃えは悪くないの」と教えてくれる。その合間に、次から次へとジョークが飛び出す。

クララは「ニッターズ・レビュー」を運営するだけでなく、初期には『編み糸の本』(2007年)など3冊の大著を、近年は糸にまつわるエッセイ『糸のささやき』(2013年)や紀行エッセイ『ニットランディア』(2016年)を出版、編みもの雑誌にも数えきれないほど寄稿している。編み糸のエキスパートとして、今ではアメリカ・ニット界のセレブリティのひとりだ。でも、「ニット界のセレブなんて『バンガー・デイリー・ニュース』(メイン州の地方紙)で町一番のパキスタン料理のレストランに選ばれるようなもの」と彼女は書いている。「もちろん名誉なことだけれど、顔を見ただけでドアマンがベルベットのコードを恭しく脇にのけてくれたりはしないの」

クララが案内してくれたのは、彼女自身がスイーツを焼いていたこともあるカフェ(クララには菓子職人としての才能もある)の系列店「カフェ・アラビカ」。週に何度か通って朝のカフェラテを飲む場所であり、「ニッターズ・レビュー」のニュースレターはじめ多くの原稿が書かれてきた場所だった。お土産のつもりで持っていった日本の編み糸を差し出した瞬間、彼女の眼の色が変わる。コットンとシルクを中心とした夏糸ばかりのセレクションだったけれど、輸出されている日本の編み糸はごくわずかで、アメリカではそう簡単に手に入らないとあって、とても喜んでくれる。何百もの糸をレビューしてきた「編み糸のプロ」は、一つひとつ手に取り、観察し、手触りを楽しんで、それから鼻に近づけて匂いをかいでみる。加工の少ないウールには羊のラノリンオイルの香りがあるので、毛糸好きなニッターは、ウールでなくてもついこれをやってしまうことがある。その自然なしぐさから、「私たちは仲間だ」とわかる。クララは藁っぽい乾いた質感のテープ状のシルク糸を珍しがって、気に入ってくれたようだった。

「毛糸は編むことすべての根幹にある。菓子職人にとっての小麦粉、庭師にとっての土、あるいは寿司職人にとっての魚のようなもの。それなのに、2000年に『ニッターズ・レビュー』を始めたころは編み糸じたいに興味をもつ人はほとんどいなかった。ようやくいまになって、編むことだけを楽しむのではなく、糸にも深い関心を寄せるニッターが増えてきたのを見ると感慨深い」

「新しい糸のかせからラベルを外して、糸を広げて、ゆっくり玉に巻き取る作業がとても好き。真っ白いカンバスや、まっすぐ続く道のように、無限の可能性を感じる。日々の暮らしのなかで、自分にとっていちばん幸福で、純粋に楽しむことのできる作業よ」

クララにはもうひとつ大切な住居がある。ここポートランドから北へ車で数時間行った海辺の断崖の上に建つ、1893年建造の典型的なニューイングランド様式のファームハウスだ。その家の前には天然のブルーベリーが自生する草原があり、海側の窓から見える風景には人工的なものが何ひとつない。たくさんの本と毛糸があり、1匹の猫が暮らすこの週末の家は、もとはクララの大叔母の持ち家で、修繕して住める状態に整えた。少女時代のクララに編みものを教えてくれた祖母がかつて住んでいた家でもある。

「子供のころ、祖母の編みもの籠に入っていた大きな生成りの毛糸玉にすっかり心を奪われたの。その糸に命をふきこんで〝語らせる〟方法があることは知っていたけれど、どうすればよいのかわからなかった。祖母が私に編み針を握らせてくれた。それ以来ずっと編みつづけて、毛糸も集めつづけている」




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