2000年代半ばから、編むだけでなく、自分で糸をつくる人たちが増えはじめた。取り組んだのは、専門的なバックグラウンドを持たない普通のニッターが大半だった。「自分で糸をつくる」には、糸を紡ぐハンドスピニング(手紡ぎ)と、糸を染めるハンドダイイング(手染め)のふたつの方向がある。

ハンドスピニングは、ドロップスピンドルという、丸く分厚いコースターに箸を刺したような単純な道具もあるが、ある程度の量を紡ぐにはスピニングウィール(糸車)を使う。原毛や染色済みのファイバーの塊を、少しずつほぐしてスピニングウィールに送り込み、1本の糸に紡いでゆく。しかし、かなり時間がかかるし、2プライ、4プライの糸にするには、できた糸同士をより合わせなくてはならない。それ以前に、まともな糸を紡げるようにするには練習が必要だ。販売ベースに乗せられる質と量を生産するのはそう簡単ではないため、自分の糸を販売するスピナーは、それほど多くはない。

それに比べて、色の錬金術はキッチンやガレージで簡単に試すことができる。未染色の糸を買い、ウールならアシッド・ダイ(酸性染料)をそろえ、定着液は食用の酢でいい。ゴム手袋とマスクとエプロンをして、プラスチックのカップやペットボトルで色を混ぜ、大きな鍋で糸を煮る。染めあがった糸が、物干し竿で風に揺られているのを眺めるのはなんとも誇らしい。糸が乾いたら、丁寧にねじり上げて見栄えの良いかせにする。自分の生み出した色に染め上げられた糸をうっとり見ていると、もっと染めてみたくなる……そんなふうに、インディーダイヤーは始まる。

個人が気軽に染色を始めるようになって、最初に増えたのはソックヤーンだった。靴下を編むために使われる細めの、「中細」にあたる太さの糸だ。たとえば並太や極太の糸のセーターには日本女性のMサイズで500グラム前後を準備するが、靴下なら100グラムあれば余裕でできる。この分量感が、一度に少量しか染められないキッチンダイヤーにとって理想的だった。買う側も、靴下程度の分量ならメーカー糸より高価でも手を出せたし、普段は身に着けないようなカラフルな色合いでも、靴下なら抵抗が少なかった。

かつて、ソックヤーンといえば、セルフ・パターニング糸(一定のゲージで靴下を編むとジャガードやストライプの模様になる糸)や、伸縮素材をブレンドしたコットン糸のことだった。90年代には手染め糸のブランドが生まれ、メリノウール100パーセントの糸も使われはじめた。そこに、手染めのインディーダイヤーが加わった。オンラインマガジン『ニッティ』2006年春号「体の先端」特集には、靴下だけで6種類のデザインが登場し、つま先から編み進める「トゥ・アップ」という編み方のパターンが掲載された。この時期を境に、ソックヤーンの種類と流通が増え、流行が本格化したとみていいだろう。

インディーダイヤーの糸には、工業生産品のような均質性はない。ごくマニュアルな方法で1回ずつ染められるものだからだ。だからたいていのインディーダイヤーは、ある程度繰り返し可能な色と、そうでない「実験的」で「たまたま生まれた、繰り返せない」色を、そのように明記して販売するし、繰り返せる色でも、染め毎の違いは工業生産品とは比べ物にならないくらい大きい。そのような「むら」を嫌う人もいるけれど、彼らの創り出す糸の価値を逆に高めている重要な要素でもある。息をのむような美しさの糸が、偶然生まれた色であること、一期一会の色たちの、稀有であること、かけがえのなさがハンドダイイングの身上でもあるのだ。

そのような、かけがえのない糸を生み出すインディーダイヤーのひとつを訪ねた。「ダーティ・ウォーター・ダイワークス」ことステファニー・グリーゴは、ニューイングランド地方のインディーダイヤーだ。染色スタジオは模様替え中で見られなかったが、会うことを快諾してくれた。ボストン市街から北東方向に車で20分程度に位置するアーリントン、道幅の広い、建物の低い、のんびりした郊外の住宅地の一角。ステファニーは、ガレージの前で、糸がどっさり入ったケースとともに私たちを迎えてくれた。

彼女が糸を売り始めたのは2000年代半ばごろ、家で小さい子供の世話や夫の仕事の手伝いをしながらのことだった。はじめは布や衣類の染色をしていたが、小さいころから好きだった編み糸も染めるようになり、ゆっくりビジネスになっていった。その後、フルタイムのダイヤーとなり、自宅のスタジオで、糸と、ハンドスピナーむけのファイバーの染色作業を行っている。

手元にあった糸や編んだ作品を、ステファニーが広げて見せてくれる。靴下のかかとやつま先用につくられたミニサイズのかせが、籠の中に集まってはにかんでいる。彼女の生み出す色には、強い自己主張をする派手さはない。でも、ふと目が留まり、もっとよく眺めたくなるような、不思議なたたずまいがある。ダイヤー本人に会って、その雰囲気や考え方を知れば、この魅力の片鱗が言葉にできるかもしれない、とどこかで思っていた。けれど実際に目の前にいる彼女は、いたって普通の、リラックスした気のいいアメリカ人女性だった。静かな魅力をもった糸は、彼女に会う前と変わらず、謎めいたままだった。







今回はせっかくなので、取材したダーティ・ウォーター・ダイワークスの糸を紹介する。なかでも最も汎用性の高い、スーパーウォッシュメリノの「Lilian」を選んだ。海外のインディーダイヤーの手染め糸を買ったことのある人なら、一度は手にしたことのあるタイプの、お馴染みの糸ベースだ。端正な2プライのメリノ糸で、ふわりと光沢があり、発色がよく、なめらかな手触りを持つ。いまではこのような中細糸は、靴下よりむしろ、ショールや、薄手の軽いウエアを編むのに欠かせない。いわゆるソックヤーンのようにナイロンが入ってはいないので、むしろウエア向きだともいえる。インディーダイヤーの糸を買ったことがない人にも、その入門にふさわしい品質の使いやすい糸。彼女の糸のラインナップは、すべて彼女の家族の女性たちの名前がつけられている。このLilian は彼女の大叔母の名。糸に名前を与えた女性たちは皆、「強く、独立心があり、それぞれのやり方で皆クリエイティブだった」という。



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鳥古繰子 Tricoquelicot

ニットライター。多摩美術大学芸術学科卒業。外資系企業、国内手芸企業勤務を経て独立。『Peacework』や『Knitscene』など、アメリカの手芸雑誌でレポーターを務める。『毛糸だま』(日本ヴォーグ社)で海外の毛糸に関するコラムを連載中。
twitter:@tricoquelicot


1 はじまり 201605

2 バーブと羊たち 201606

3 シープ・シェア 201607

4 捨てられていたウール 201608

5 羊毛を糸にする 201609

6 染色工場 201610

7 染色工場2 201611

8 インディーダイヤー 201612

9 インディーダイヤー2 201701

10 ベロッコ社へ 201702

11 ノラ・ゴーンと 201703

12 ウェブのおかげ 201704

13 ニューヨークへ 201705

14 八布テキスタイル 201706

15 一緒に編む 201708

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