羊小屋の一角に、刈り取られたままの原毛、フリースがビニール袋に入れられて山と積んである。ほかの種の羊と交配させた、薄いグレーや茶色のカラード・ウールもある。彼女の羊毛は、地域や全米規模の品評会のファイン・ホワイトウール純血種部門フリースで何度も入賞や優勝をして、リボンを獲得している。そのリボンのメダルがついたフリースをそっと広げると。向こうが透けるほど細やかで、房になった毛はごく小さく縮れている。しっとりと滑らかなのは、ラノリンオイルが豊富に含まれているからだ。鼻に近づけて、ナチュラルなフリースの香りを堪能する。それはけものの香りではない。真正のウールの香りだ。自然のままの素材としての完成度の高さに、思わず感心させられる。

日陰で涼む羊を眺めたあと、丘の上にあるバーブの大きな家で話を伺う。彼女の糸がさまざまな色に染めあげられ、リビング中央の大きな籠にこんもりと飾られている。「たった2頭の羊とやってきたから、ひとから見たら『このひとたちはどうかしてる』という感じだったわね。羊飼いの暮らしについて何も知らなかったからこそ、飛び込めたのかもしれない。ただ、ファイバーと羊を中心としたライフスタイルを、この場所で作り上げていくんだと思っていた」

毛糸生産、販売というバーブのビジネスは、2009年には「シープ・シェア」という名のCSA(Community Supported Agriculture)として結実する。CSAとは、農産物生産者と消費者が直接ワンシーズンの農産物購入を契約し、生産リスクをともに背負って生産者を支えるシステムのことで、近年のアメリカでは盛んにおこなわれている。アメリカのニッターの間には、農産物としてのウールをサポートする「ファイバーCSA」に対する関心も高まりつつある。ファイバーCSAでは、生産者の顔に羊の顔も混ざるというわけだ。バーブのCSAには、何年も続けて契約をする人が少なくなく、オーストラリアやブラジルなど海外からの応募もある。羊毛は年に一度しか得られないので、ちょっと割当を間違えたからもう一回生やして、というわけにはいかない。そのためにもCSAは良いシステムだ。近くのウールフェスティバルなどで販売するものと、オンラインショップで売る分もあるが、このCSAの販売分が彼女の糸の総生産の80パーセントを占めている。

羊から刈り取ったウールを、2カ所のスピナリー(紡績所)で糸にしてもらっている。糸はアルパカやシルクとブレンドされ、見た目は素朴な、不揃いな感じのする糸だ。触れても、驚くようなふんわり感はない。が、糸の質は首にあててみればわかる。彼女の糸は、肌に直接触れるものを編むことができる、滑らかな品質の糸だ。スピナリーで紡績してもらった糸は、彼女が手ずから染める以外に、ダイハウス(染色所)にも染めてもらう。

「スピナリーのひとつはミシガン州のストーンリッジ・ファイバー・ミル。遠いけれど、望み通りの仕事をしてくれる所。もうひとつはすぐ近くの『グリーン・マウンテン・スピナリー』。一緒に仕事をするとわかる、とても素晴らしい人たちがやっている紡績所」







Elemental Affectsはカリフォルニアの糸メーカー。アメリカン・ウールの糸だけを、羊から糸、染色まで丁寧に目配りしながら作っている。タスマニア原産の高品質な羊・コルモ種を扱い始めたのは2014年から。ワイオミング州で100年以上続く農場のコルモ種を中心に、質の良いウールを使用し、個性の際立つ糸を生み出している。日本への紹介はこれが初めて。

コルモ種の糸は一般に、メリノに比肩する柔らかさ、ふわりとした肌触りを主張して作られる。けれど Elemental Affects オーナーの Jeane deCoster は、このファイバーの個性を注意深く観察し、くっきりした輪郭の糸に仕上げた。柔らかいだけでなくクリスピーな手触りを持ち、かつ素晴らしい弾力と伸縮性を持つ糸だ。強めの撚りによって、柔らかい糸にありがちな毛玉になりやすいという欠点を避けている。また、その弾力性から、中細というウェイトでかせあたり約500mという糸長を実現している。



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