「うちの場合は個人事業ですし、好きな糸しか出していないので、マーケットとはちょっと外れるんですね。でもそういう、マーケットから外れたお客さんというのも割といらっしゃるんです。多分、譲れない部分があるんでしょう。この糸は違うな、というものは扱わないので」

八布テキスタイルの植木さんは「きっちり作りこまれている糸」を好まないという。それはおそらく、工業的に作り出される均質な糸だ。大量に流通している糸は、色もテクスチャーもばらつきなく整えられている。けれど機械でなく、人の手で作り出したものにはむらがある。素材自身の粗さも見え隠れする。それを敬遠する考え方もあるし、それをいとおしむ考え方もある。植木さんの語る「手の見えている糸」は、そのような個性が魅力となっている糸のことなのだろう。

八布の糸は安くはない。入手が困難で高価な素材が多いという理由もあるが、1玉あたりのサイズがとても小さいのだ。アメリカでは一般に最少の単位は50グラム程度だが、八布の糸はその半分か、4分の1程度のものもある。ただし、糸が細いので、重量が少なくてもある程度の長さがある。ふつう靴下を編む中細程度の糸は100グラムで400メートル前後だが、八布にあるシルクモヘアの糸は、2分の1オンス(約14グラム)で171メートル程度。1玉11.1ドルで、2、3玉あればごく軽いマフラーを編むことは可能だ。ステンレスの芯糸をシルクで巻いた人気の糸は、同じく14グラム程度で277メートルもあり、ひとつ13.2ドルだ。それが高いと考えるかどうかは、使う人次第ということなのかと思う。なにしろ、シルクステンレスの糸などというものはめったなことでは見当たらないのだから。

何年も前、彼女の糸をアメリカの編み物ブログで見かけたときに思ったのは、日本の糸ならなぜ日本国内で流通していないのか、という疑問だった。しかしそれは植木さんに直接お話を伺って、あっさり氷解する。八布テキスタイルはアメリカの会社で、同社が日本で販売するためには、たとえば日本で見つけた糸をアメリカに輸入して、ラベルを付けて自社製品化したものを、日本へ輸出するというややこしい工程が必要なのだ。

「そんなに大きくしようという気がないものですから、いつまで経ってもてんてこ舞いなんですよ。もっと人を雇って会社としての形を整えればいいのでしょうけれど、自分の中にそういった野心がないんですね」

八布には、植木さんの美意識がまっすぐに通っている。それは、美しければ使いやすさは求めない、使い方もその結果も考えない、そう言い放つほどの鋭さを持っている。そんな選り抜きの「特別」な糸を、アメリカの編みもの界はすすんで受け入れ、ほかのヤーンショップでも少しずつ取り扱いが広がった。織られずとも、糸そのままの形で、自らの居場所を見つけた糸たちだ。

このときの訪問から現在までの間に、植木さんは生活とビジネスの拠点を、ニューヨークから遠く離れた西部のデンバーに移した。そこからアメリカ各地と世界のヤーンショップに糸を卸すかわり、マンハッタンにあったこの直販の店舗は、静かにドアを閉ざした。いまは日本国内でもいくつかのヤーンショップで入手できる。

「さらに商品を限定しようと思っています。人生もシンプルに、仕事も、本当に扱いたいと感じる糸か布のみに。この冬あたりウェブサイトも新しくなると思います。あれもこれも、といろいろな品に興味があるというだけで手を出していたのですが、八布の芯から外れてきてしまったように思うので」

かつて店に置かれていたアメリカ国内生産の他社の糸は姿を消した。いま彼女は、八布のありかたを見つめなおし、1999年のころまで戻そうとしているのだという。変わり続ける編み物の世界の中で、八布の糸は、変わらずにいようとしている。







Telespinn AS はノルウェーの糸メーカー。オーナーの Bjørg Minnesjord Solheim は2002年にノルウェー南西部テレマルクで古い農場を手に入れ、5頭のアンゴラヤギを飼い始めた。彼女はこれらのヤギが身にまとう繊維(モヘア)を糸にしようと考えたが、ノルウェー国内にはモヘアを紡績できる工場が一つもなかった。ファイバーをまずデンマークに送り、そこから南アフリカに送って洗浄加工し、デンマークの工場で染色、紡績してからノルウェーに戻すという世界旅行をさせる必要があった。彼女は持続可能な方法を探し、小規模な紡績機器一式を手に入れて紡績所を開いた。2008年、ヤギ小屋に機械を運び込んで始まった紡績所は、2012年にようやく専用の建物ができ、ガレージを仮の宿としていたヤギたちは自分たちの家を取り戻した。現在、Telespinn はノルウェーで唯一のモヘア紡績所で、国内60の農家の1000頭余りのアンゴラヤギから集められるモヘアファイバー加工を一手に引き受けている。ファイバーの時点で色を染め、撚りあげて作り出される糸は、もともと光沢のあるモヘアという繊維に、輝くような発色を見せる。ノルウェー産のモヘアの生産量はごく限られているため、Telespinn の糸は直販のみだが、今回特別に紹介できることになった。5種類のモヘア糸のうち、選んだのは「Mari」。最初の2回の毛刈りから得られるもっとも柔らかなキッドモヘアのみを使用し、20%のメリノウールを加えている。手触りの良さは、シルクを混紡したモヘアに次ぐものだ。一般的なモヘア糸より太く、中細から合太程度の2プライ。丁寧に撚られたモヘア繊維は、一見、モヘア糸とはわからないくらいに控えめだが、ウールよりもずっと滑らかな光沢がある。Mariの名は、この地方にだけ自生する蘭の花 Søstermarihånd (ムホウシュウラン)から。ノルウェーの女性名でもある。



御購入はこちらから → shop

前の記事へ  次の記事へ

鳥古繰子 Tricoquelicot

ニットライター。多摩美術大学芸術学科卒業。外資系企業、国内手芸企業勤務を経て独立。『Peacework』や『Knitscene』など、アメリカの手芸雑誌でレポーターを務める。『毛糸だま』(日本ヴォーグ社)で海外の毛糸に関するコラムを連載中。
twitter:@tricoquelicot


1 はじまり 201605

2 バーブと羊たち 201606

3 シープ・シェア 201607

4 捨てられていたウール 201608

5 羊毛を糸にする 201609

6 染色工場 201610

7 染色工場2 201611

8 インディーダイヤー 201612

9 インディーダイヤー2 201701

10 ベロッコ社へ 201702

11 ノラ・ゴーンと 201703

12 ウェブのおかげ 201704

13 ニューヨークへ 201705

14 八布テキスタイル 201706

15 一緒に編む 201708

16 ラベリー1 201709

17 ラベリー2 201710

トップへ戻る ▲