「ニッターズ・レビュー」のクララのレビューのなかで一番印象に残っているのは、当時ミシガン州にあった小さな牧場、マー・ヘイヴンの糸のものだ。少し長いが引用してみる。
〈糸が着いたとき、正直言って少しがっかりした。……糸のスパン(撚り)はしっかりしているようだが、ところどころにごく小さなオートミールのような粒がついていて、中古の糸か、汚れがついているみたいに見えた。天然の色味はほかのたいていの糸にくらべて深く、ねっとりしたバターのような風合いがある。糸の繊維のなかにはところどころ植物くずが混じっている。この糸が、牧場からまっすぐにやってきたことは疑いようがなかった。この最初の観察はひとまずわきに置いて、レビューを進めていった。……するとどういうわけか、この糸で作業をすればするほど、どんどんこの糸に引き込まれていった〉
〈この糸はミュール紡績機で紡績されている。この珍しい紡績機は手紡ぎの動きを複製するように、甘めの撚りの、空気を含んだ弾力性に富む糸を生産する。その弾力性があまりにすばらしく、撚りが柔らかいので、少なくないファイバーが糸状になることができず、表面にそっと毛羽立って、小さなオートミールのような粒を生み出しているのだ〉
そんなふうに、クララのレビューは細かく立ち止まりながら続く。いよいよ編みはじめると、この糸は風のように指をすりぬけて、指の感覚だけで編みつづけられるようになる。糸はゆったり手の間を流れ、編み針からは滑らず、ほどよくとどまり、そこから生まれる編み目は完璧にそろっている……。糸の説明が、ひとつの読み物になっているのだ。彼女がそんなふうに書いた糸をどうしても手に取ってみたくて、取りよせた糸のパッケージを開けたときの感覚は、今も覚えている。「これが、あのバターの糸!」。そして、鼻をうずめて吸い込んだ、ラノリン豊かなウールの香り。それ以来、マー・ヘイヴンの糸は宝物のひとつだ。
けれども、その後マー・ヘイヴンは羊を売り払い、糸の生産を終了してしまった。少量生産で珍しい糸との出会いは大きな喜びをもたらす反面、いつでも、いつまでも手に入れられるとは限らない。私が足を踏み入れたのは、そういう世界だった。
獣毛にはさまざまな種類と特質があること、そのなかでもウールは人類史上最も古く広く普及したプロテイン繊維であること。繊維が細いほど繊維表面のスケール(鱗)は細かく、繊維が太くなればスケールは大きく、まばらになっていくこと。繊維の太さはミクロンでカウントし、糸の生産者はミクロンカウントを基準に繊維を購入すること……。繊維についてのそんな話を、クララほどエキサイティングに語れる人はいない、という感想はどこで読んだのだったか。羊毛の塊が洗浄され梳かれ、やがて糸の形に紡がれてゆく工程が、クララ独特の知的で柔らかなたたずまいで語られる。それは、ワインのテロワールを研究するような、中国茶の茶芸を見守るかのような経験だ。自然のなかの素材が私たちの手元に届くまでの、時間と過程を丹念に追いかけるクララの目が、読者の目になりかわり、羊とは、ウールとは、糸の世界とは、こんなにも奥深いものかと驚かせてくれるのだ。
「使う糸に対する興味と理解があれば、編みものはより深く、豊かなものになる。注意深く見ていけば、一つひとつの糸に独自の物語があり、大量生産の、凡庸で興味を惹かれないものもあれば、繊細で表情に富み、関わった人々や場所、その素材について語るべき物語を持っているものもある。私の仕事はそれらを聞き取って、伝えること」