*この連載は seikanet(骨董通販サイト)の関連企画です

2 埴輪





いつまでも窓にへばりついているわけにもいかないので、店内に入れてもらったのですが、さらに驚くべきことに、奥の部屋には信貴山形水瓶の獅子の摘みが六つも七つも並んでいました。海洋堂のチョコエッグじゃあるまいし、獅子鈕をこんなに並べている人を見るのは生まれて初めてです。そういえば、以前お店に伺ったときにも唐津の山盃が七つぐらい出てきて驚かされたことがあります。

店を持つ骨董屋の物の買い方は大別して二つあると思っています。一つは自分の思い定めた理想像に近似する物を、数ある中から選び抜く買い方。一方で、出来の個体差はそれとして受け容れて、なんでも手元に寄せてみようという人もいる。自己の美意識が許容するものだけで身の回りを固めたい洗練派と、来るもの拒まずで物量を受けて立つ清濁併せ呑む派。小松さんは後者に近いでしょうか。

相手の技を受けず、できるだけ少ない手数で勝利しようとする格闘家と、技を受けながらリング上の世界観を構築し興行を成立させるプロレスラー。今の小売りは、洗練派の格闘家タイプに光が当たっている傾向にある気がしますが、小松さんが店を構えたことで、プロレスラー的な流れが来るかもしれません。技に説得力があってどこか鷹揚なレスラーというと、ジャンボ鶴田を思い出すのですが、よみうりランドからの連想で小松さんを鶴田に結びつけたくなります。小松義宜=ジャンボ鶴田説。たぶん誰もまだ言ってないし、この先誰も言うことがなさそうなので、備忘録として書いておきます。

いいかげん本題の埴輪を登場させます。一枚板のテーブルの下にダンボール箱がずらりと並んでいて、がしゃがしゃと積まれた埴輪のかけらを、そこからいくつか見繕って出してもらいました。顔、手、腕、鳥、家など、いずれも完好の状態からはかけ離れた残欠ばかりです。店舗開業以来、美濃の陶片や奈良の古材などの展示会をする機会があり、ことのほか残欠づいている流れがあるので、今回の話も1回目はまず残欠でいってみたかったと小松さんは言います。

これらの埴輪はすべて小松さんが、白菊古文化研究所という民間の機関から引き取ったものだそうです。廣瀬栄一という茨城石岡の酒造業の6代目が家業のかたわらに設立したものなので、機関といっては大げさなのかもしれませんが、ここが発行した発掘調査報告書の体裁は公的機関顔負けの立派なものです。この人は、地元の文化保護保存に力を尽くし、考古学者の育成を掲げるような在野の名士でありました。ただ、無償の貢献などというのは得てして一代かぎりのものですから、これらの資料も散逸の危機があったのですが、その受け皿を小松さんが担ったわけです。ここでも来るもの拒まずで、受けに徹する小松さんのプロレスラー気質が光ります。

出土地を示す紙片が残っていて、篠山字神子女古墳出土と書かれています。遺物が出た場所が確かであるというのは、考古資料にとっては茶道具の箱書き以上の有難さです。神子女は「みこのめ」と読むみたいです。

さっと見渡して目につくのが手。埴輪の手というと、北欧のミトンみたいな形に線刻で指を表したものが多いと思うのですが、神子女の手は、紅葉のような、ヤモリの前肢のような、五本指を開いた形状で、かわいいというより不気味。個人的にはとても好みです。他の残欠を見ると、作行としてはどれもおおむね北関東の系列を示しています。群馬のものほどピリッとはしてないと小松さんは言いますが。やはり群馬にはずば抜けた工人がいたのでしょう。かといって、こうして目の前に並ぶ埴輪たちが見劣りするものとも思えません。中に一つ家の埴輪のかけらがあって、屋根の部分なのでしょう、鰹木とおぼしき部材が付いているからよほど格式の高い建築を表したものだと思います。入母屋の力強い線刻もかっこいいし、これは欲しいと思いました。が、あまり形而下的な欲望を口にするのもはしたないことかと思い、黙っていたのでした。

かけらへの愛着というのも不思議なもので、あれはどうも資力や収納空間の欠如という消極的な理由に導かれてのものではないようです。魅惑的な残欠を前にしたときの燃え上がり方、これは日本人特有の感情なのでしょうか。

小松さんが興味深いことを言ってくれました。仏教が伝来するにあたって仏像や什具が渡ってくる際、必ずしも完全な形で持ち運ばれたわけではなく、部分のみが伝わることもあったはず。欠如した物への愛情というのが、古来から積み重なって、もののあわれのような情趣を形づくっていったのでは。と、これはかけら愛に満ちた言葉だと思いました。

小松さんの気質のおかげで、白菊古文化研究所の埴輪の一群は世に残ることとなりました。いつかどこかで、これら埴輪のお披露目販売の機会を得たいと小松さんは語っています。いつなんどき開催されるか分からないので、今から並ぶ体力をつけておこうと思います。ちなみに鶴田は練習嫌いだったそうです。





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