
5 唐画人物図

掲出の「唐画人物図軸」を最初に買ったのは、今から40年ほど前、値段はもう忘れてしまいましたが、30代の薄給でも無理すれば買える範囲でした。その頃の私は、作家銘の入らぬ、無落款、無印章の唐画を根気よく探しては買っていました。それでも、「これ」と思える唐画に巡り会える機会は、年に1、2回でした。
私が唐画を求めていた頃、自在屋の勝見さんの紹介で、日本民藝館の尾久彰三さんと知り合いました(この顚末については、以前「骨董入門」に書いています)。所蔵していた唐画の幾つかを尾久さんに披露すると、この軸を所望されました。私は尾久さんの所蔵品の中に狙っている品がありましたので、「どうぞ」と譲っています。やがて唐画は当時の骨董誌『遊楽』に載り、尾久さんの単行本『愉快な骨董』(晶文社)にも「信長と呼ばれている絵」のタイトルで再掲されました。
尾久さんから、いつどんな機会にこの唐画を買い戻したのかは、もう忘れてしまいましたが、買い戻してすぐ店の床に掛けていると、栗八の早川さんに「これはどうしたのか?」と訊かれました。早川さんはかつて私が尾久さんにこの軸を譲り渡したのを覚えており、「買い戻した」と伝えると、「私に譲ってもらえないか」と言います。幾らかの利をのせて、軸は早川さんへと渡りました。それから十数年が経ち、一昨年の暮に早川さんが急死し、この軸は再び私のもとへと戻ってきました。
再び床に掛けられた唐画を前に、ことの次第を聞いた友人は、「私に譲ってもらえないか」と言います。「信長と呼ばれる絵」は、ようやく安住の地を得たのかも知れません。
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「唐画」は、熱心な骨董ファンの方でも、あまり馴染みのない分野でしょう。ここで少し詳しく唐画について書かせていただきます。
「唐画」は名前のとおり「中国の絵」で、主に宋元時代の院体画を指す言葉です。AIによるコンパクトな説明にはこう書かれています。
〈院体画(いんたいが)は、中国の宮廷画院(画院)で発達した画風で、伝統を重んじ、写実的で精密に花鳥や人物、山水を描くのが特徴です。唐時代にその起源を持ち、北宋の皇帝徽宗(きそう)の時代に盛んになり、南宋の夏珪(かけい)、馬遠(ばえん)などが代表的です。職業画家が描く院体画に対し、教養ある文人が描く文人画は自由な筆致で内面を表現し、後世に南宗画(南画)と呼ばれるようになりました〉
この「院体画」を総称して「唐画」と呼ぶのですが、AIの解説にあった徽宗や夏珪、馬遠の作ともなれば、全て国宝、重要文化財レベルです。もし真作が市場に出てくれば、天文学的な価格となるでしようが、もし……も天文学的な確率で、あり得ません。
院体画(唐画)で描かれる画題の多くは花鳥で、「蓮に鷺」の蓮池水禽(れんちすいきん)図は、李朝民画や狩野派絵画にも引き継がれる人気のテーマとなりました。院体画の特徴に、徹底した細密描写があります。写真のようなリアルさではなく、描く対象「草花猛禽」の存在を超越する「生命感」を描くことに主眼がおかれます。枝に止まる鳥を描けば、背景は全て省略され、「枝に止まる鳥」の神格(理想)化された存在(生命)を描くことに主眼がおかれます。
一人の院体画家により、手本となる絵「枝に止まる鳥」が生まれたなら、その絵は何代にも亘り、後世の院体画家によって描き継がれていきました。宋時代に描かれた「枝に止まる鳥」とまったく同じ構図の絵が、理想のテーマとして、後の元、明時代にも描き継がれました。神格化された絵を、手本と同等の水準になるまで写しとる……は、ひとつの課題をテキストどおりにやる学習方法に似ています。個性(自我)を消し、徹底的に手本となる絵を模倣し完成させる。絵師のクセ(個性)など微塵も残らぬレベルに達するまで……。それが唐画の成り立ちです。
この手法は、日本の狩野派にも取り入れられています。理想化された絵を模倣することによって、絵師としての基本を学びとる学習法が取り入れられたのでしょう。そのような背景があり、唐画には同じ絵が何枚も存在します。それらは「誰々の絵」ではなく、画院の絵師によって描かれ、厳しい審査をパスした、理想に近い(一枚の)絵なのです。
描かれた絵は似ていますが、骨董的な価値は、宋時代の作か、のちの元明時代の作かで大きく違ってきます。宋時代の唐画ともなれば市場にはまず存在しませんから、出てくれば新発見となり、驚異的な価格となるのも当然です。元明時代の唐画は、時折ですが市場にも登場します。世界中の骨董資金が、日本の骨董市場にも強い影響力を持つ現在、元明時代の唐画も希少性の高さから、取り引きされる価格は高騰を続けています。薄給の私が唐画を買えた40年前からは、大きく様変わりしています。
掲出の「唐画人物図軸」は、元明時代の作で、中央アジアの異郷人(イスラム教徒)を描いたものと思われます。世界中と交易のあった当時の中国で、もの珍しさから描かれた、異国人物絵巻等の一部であった可能性が高いと個人的には思っています。


*この連載は、高木孝さん監修、青花の会が運営する骨董通販サイト「seikanet」の関連企画です
https://store.kogei-seika.jp/
