撮影|菅野康晴/工芸青花
京都市左京区、東山に抱かれた閑静な住宅街の一角に、白壁にブルーグレーのスライドドアという、倉庫のような入口の一軒家がある。古道具店「bild(ビルド)」。ドアを開けると、色あせたスチール製のチェア、パステルカラーの積木、乳白色のプラスチックの箱などを配置した、インスタレーション的な展示が広がる。こうした明るい色の組合せは、ここの店の特徴のひとつだ。店主の酒井啓(さかい・けい)さんは1992年生れの29歳。平日は京都市内の古家具店に勤め、日曜の午後だけ店を開けている。店名はドイツ語で「絵画」の意。音が同じことから、英語の「build(構築する、造形する)」の意味も込めた。
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──酒井さんが古いものに興味を持ったのはいつ頃?
酒井 広島、富山の中学高校を出て、愛知で一人暮らしを始めるタイミングです。限られた予算内で好きなものだけを部屋に並べたいと考えた結果、一定の相場が決まっていて手の届かない名作家具は諦め、売る人の価値観によって価格が変動する古いものを集めるようになりました。はじめは50年代後半から60年代のアメリカンアンティークの工業的な部分に惹かれ、それらが生まれた時代背景を掘り下げていく内にアメリカの彫刻家に行き着き、ミニマルアートの存在を知ります。深い理解は出来ていなかったのですが、カール・アンドレの規則的に配置されたブロック作品やドナルド・ジャッドの金属の空箱を等間隔に並べた作品などに、連続、重複、整然と配置されるさまの気持ち良さと、並べられているもの単体としての魅力を感じていました。

──京都へ来たのは?
酒井 愛知で働いていたインテリアショップを退職するタイミングで、いまならどこへでも移住できると思いつき、真っ先に頭に浮かんだのが京都でした。なんとなくの憧れ以外にとくに理由はなかったのですが、引越しをした2014年に「京都ふるどうぐ市」の初回が開催され、そこに足を運んだことがいま振り返れば大きな転機でした。22歳の時です。

──「京都ふるどうぐ市」とは?
酒井 「古道具店が選ぶ古道具店」をコンセプトに、全国から50店舗ほどが集まる催事で、廃校になった市中の立誠小学校を会場に、2014年から17年まで年に1度開催されていました。「sowgen brocante」の小泉攝さん、「soil」の仲平誠さん、「Lagado研究所」の淡嶋健仁さんが中心となって運営し、京都の「古い道具」さんや岐阜の「本田」さん、東京の「はいいろオオカミ」さんや「南方美術店」さんなどが出店していました。会場では、与えられたスペースで販売と同時に古道具を用いた「表現」がなされていて、空間と物を通した真剣な遊びが行われている印象を抱きました。 自分のやりたいことはこれだと思い、京都の古家具店「sowgen brocante」で働き始め、学びながら、骨董市にも毎月欠かさず通うという日々。気付けば店舗用の物件探しも始めていました。
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物件を探し始めて3年ほど経った2018年、酒井さんは理想の場所に出会う。それはかつて牛乳販売店だったという2階屋で、1階がスキップフロアになっている。入口を入るとコンクリートの床と白タイルの壁、その奥にある3段ほどの階段をあがると、ミントグリーンの木枠のガラス戸で仕切られた小部屋がある。天井の高い1階と中2階の部屋の段差を生かし、物を天井から吊るしたり、高低差をつけて並べたりすることで、見る側の視点に変化をつけられる造りが気に入ったという。
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──店を始めるにあたり、どんなものを扱おうと考えたのですか。
酒井 この物件に出会う前は、明確な意思はなく、これまで見て触れてきた物事をお店で体現できればいいなと漠然と思っていましたが、いざ建物に入り、これまで収集してきたものを並べると、用途不明で幾何学的なものが多いことに気が付きました。アメリカンアンティークから派生して触れたミニマルアートの構成要素の中に、もの単体としての魅力を見出した時のように、用途不明で幾何学的な古道具を、空間構成の要素として提案できるのではないか、それができる古道具を主に扱おう、と次第に考えるようになりました。空間構成の要素として提案したいと思ったことには、もうひとつきっかけがあります。フランスの映画監督、ジャック・タチの作品を鑑賞したことです。

──ジャック・タチの映画とは?
酒井 とくに好きなのが『ぼくの叔父さん』(1958年)と『プレイタイム』(1967年)で、どちらもコメディでありつつ、現代社会の風刺でもあります。オートメーション化するものづくり、均一化する現代人の行動様式......。一方で、『ぼくの叔父さん』に登場するモダニズム住宅やプラスチック工場の流れ作業、『プレイタイム』に出てくる等間隔に並べられた小部屋などが、僕には生活に取り入れられたミニマルアートに見えたのです。なるほど、自分でも、古道具を構成要素にした空間づくりを提案できるかもしれない、と思うようになりました。

──「bild」に置かれている品物の色も、ジャック・タチ映画の色彩に通じる気がします。
酒井 そうですね。形は直線的ではっきりした輪郭が好みなのですが、色はパステルカラーのような、あいまいな中間色に惹かれます。人と同様、ものにも「来歴」と、それにもとづく「表情」がありますが、中間色という色合いには、それらをあいまいにして、ものの匿名化をすすめる作用がある気がします。

──ものの匿名化をすすめたい理由は?
酒井 ものには「来歴」と「表情」の他に、作り手の「存在」と「意思」があります。作り手の存在と意思が強すぎると、情報が先走ってしまい、純粋にものや空間を見られなくなる場合があります。しかし、古道具はそれらを経年劣化や蓄積によって全く違う形態に変化させる可能性を秘めています。1960年代後半から1970年代前半にかけて起きた美術運動「もの派」のなかで、野村仁さんが「Tardiology」という造語(作り手の意思と関わりの無い形態を表した言葉)を作り、同時に、形態の変化を自然に委ねる段ボール作品を展示しましたが、古道具にも作り手の存在、意思と関わりの無い形態のTardiologyをより強く含ませることができると思っています。中間色や剥げた塗装、色あせた木肌も、僕にとっては匿名化、つまりTardiologyをもたらすもの。そもそも古道具は由来の分からないものが多いですが、僕はそれをもっと分からないようにしたい。ものを由来から解放することで、古道具を「要素化」したいのかもしれません。

──古道具を「要素化」して用いた空間構成は何が面白い?
酒井 古道具の空間構成で生まれるのは、「光景」であり、作り手の情報やものの経歴に捕われない純粋なもの。そこが古道具を用いた空間構成の面白さではないでしょうか。加えて、お店で販売するとなると、受け取った側が別の解釈を生む様が見られて面白い。購入した人の家のインテリアの一部になるだけでなく、例えば、スタイリストが主役の商品を引き立たせるために用いることもあれば、写真家が被写体としてものの表情や造形だけを切り取ることもある。これは僕が匿名性のあるものをただ仲介しているだけだからこそ、起こりうる現象だと思います。僕はあくまで古道具屋です。最終的には受け取った側が自由に判断するべきで、僕の認識と全く違った答えでいいと思っています。
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2021年12月をもって平日に働いていた古家具屋を退職、同時に「bild」も休業した。2022年4月頃、再オープンの予定で準備中。
(構成・文/衣奈彩子)






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京都府京都市左京区鹿ケ谷西寺ノ前町112-102
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