菅野さんの写真 金沢百枝(美術史家)
ロマネスク聖堂ですごすあの貴重な時間は、けっして再現できない。写真はよすがでしかない。しかし、たった1枚の写真からでも、記憶があふれだす。夏でもひんやりとした堂内の空気感や、回廊に出たときのまぶしさ。朝と夕方ではまったくことなる表情をみせる空間や装飾……。カメラマンによっては芸術性を第一にして装飾は二の次で、私が重要と思う部分はまったく撮っていない、というタイプも多いけれど、菅野さんはそうではない。ロマネスクの作り手たちを尊重しているのだ。撮るまえにふたりで聖堂をぐるりとまわりながら、あまりの美しさに言葉もなく立ちつくすこともしばしば。私が指摘せずとも、ロマネスクならではの細部のおもしろさや絶妙な表情をとらえている。
美術全集ではじめて「不信のトマス」をみたときから、いつかゆきたいと切に願っていたのが、スペインのシロス修道院だった。何日もかよい、回廊を幾度もめぐったけれど、あきることがなかった。全体の構成がしっかりしており、細部も詩情があふれていて、すべてがすばらしい。(金沢百枝)
『工芸青花』創刊号(2014年)で、1954年からブルゴーニュ地方の修道院でロマネスク美術の本をつくりつづけてきたアンジェリコ・シュルシャン師(1924-2018)のお話をうかがう機会を得た。半世紀にわたり、ヨーロッパ中のロマネスク聖堂をめぐり思索をかさねてきたアンジェリコさんは、私たちのヒーローだ。ゾディアック・シリーズの第1作『ブルゴーニュ・ロマーヌ(ブルゴーニュ地方のロマネスク)』は、15万部をこえるヒットとなり、その後ながくシリーズはつづいた。(金沢百枝)
戦乱の多かったミラノにはのこっていないロマネスク壁画を、時のながれに置きわすれられたような山上の修道院にゆけばみることができる。私たちがおとずれた日は、途中で春の雪がまいおちてきて、さっきまでみえていた眼下の湖がみるみるうちにきえた。(金沢百枝)